「わざわざ京都まで時間をかけて女を抱きに行ったんだ」
1997年2月20日、私は衆議院予算委員会の公聴会に公述人として出て陳述したが、その時、テリー伊藤著の『お笑い大蔵省極秘情報』(飛鳥新社)の中の匿名大蔵官僚の傲慢な発言を読み上げた。
「わざわざ京都まで時間をかけて女を抱きに行ったんだ」といった部分である。
それに対し、自民党の尾身幸次と藤井孝男の2人が「こういう席でそういうことを言ってもいいのか!」と激しく私をヤジった。
国会という神聖な場所でということかもしれないが、発言は匿名大蔵官僚が言っているのであり、第一、国民のどれだけの人が国会を「神聖な場所」と思っているか。裏金と統一教会で腐敗した議員がのさばっているだけで「神聖」とは正反対の場所だろう。
私は下品だと言われることを承知で石を投げたつもりだった。その波紋はどうだったか?
翌日の『朝日新聞』と『毎日新聞』は無視で、何も載せていない。ところが『読売』と『産経』は冷やかし気味にだけれども、かなり大きく取り上げたのである。
私は『朝日』と『毎日』にガッカリすると同時に、お上品主義の限界だなと思った。
ここにも「報道の自由度」が62位の一因が潜んでいるのではないだろうか。
いまは財務省と名称を変えた大蔵省のエリートたちが“ノーパンしゃぶしゃぶ”などで遊んでいることが暴露され、国際的にも恥をさらしたが、スキャンダルを本腰入れてメディアが追及しないから、こんな事態を招いたのではないか。
ここで『噂の眞相』を取り上げるのは、メディアにこそ、そのスキャンダル追及の精神を学んでほしいからである。スキャンダルの追及なくしてジャーナリズムの真髄はない。
