「ジャングルで一番怖かったのが人間」

 忘れられないのが、ある日の夕方、小屋を訪ねてきた一人の日本兵。衰弱した彼は「泊めてくれ」と懇願したが、坂上さんの隊に受け入れる余力はなかった。

 断ると、その日本兵は悲しげな顔で去り、翌日、小屋の近くで倒れて死んでいました。周囲に家族写真が数枚、散らばっていて、裏には「妹尾」と書いてあります。妻子や故郷を想って息絶えたかと考えたら胸が痛んだ。でも、それも一瞬。その日も生き抜くために、すぐ“エサ”を求めて徘徊を始めた。

 人間は切羽詰まって、極限状態になると、こうやって鬼になるんです。これが戦争なんだと伝えたい。復員してから、自責の念がずっと消えなかった。

ADVERTISEMENT

 振り返ると、ジャングルで一番怖かったのが人間でした。もはや動物同士。飯盒を持って単独行動をすれば、飢えた他の敗残兵に殺されるかもしれなかった。私が生還できたのは、優しい台湾人隊員たちと団体行動を続けられたからです。

 伝達された指令を機に米軍に投降したのは、終戦後の9月末。密林に籠って5カ月、坂上さんの隊の生き残りは10名を切っていた。

 11月、捕虜収容所から米軍の船に乗って神奈川県の浦賀に向かいました。朝早く、誰かが「富士山が見えたぞ!」と叫ぶ声が聞こえた。甲板に出て景色を確認すると、生きて母国に帰れたことを実感し、自然と涙がこぼれてきました。

「週刊文春 電子版」では、特集「時代の証言 百寿者が見た戦争」をお読みいただけます。

最初から記事を読む バタバタと倒れた兵士はハゲタカや猛獣に貪り食われ数日で白骨に…男性(106)が語るインパール作戦の退却路