水着やグラビアの仕事への抵抗感は…
——事務所から「恋愛禁止」のルールはありましたか?
中島 ありました。オスカーでは売り出し中のタレントは当時「3年間恋愛禁止!」というルールがあって、全員ちゃんと守っていましたね。ただ、正直なところ忙しすぎて恋愛どころじゃなかったというのが本音で、「うまくできてる仕組みだな」と思いました(笑)。
——水着やグラビアの仕事に抵抗感はありませんでしたか?
中島 私はもともとエアロビの仕事でレオタードを着ていたので、水着はその延長線上という感覚で全然抵抗はなかったです。昔からグラビア写真を作品として見ることが好きでしたし、現場のチームみんなで1つの作品を作り上げていく一体感もすごく好きでしたね。
自分でも「攻めてるな」と思うくらいイケイケだったグラビア
——30代前半が、一番グラビアに力を入れていた時期だったそうですね。
中島 「とにかくカッコよく撮ってほしい!」という気持ちが強すぎて、32~33歳の頃の作品は自分でも「攻めてるな」と思うくらいイケイケでした。マネージャーさんがストップをかけるレベル。撮影の1ヶ月前からストイックに節制してジムに通い詰めたりして。でも今振り返ると、あの30代の時期に気合いを入れていい作品を残せたので、頑張っておいて本当に良かったです。
——過激さや見せ方の「線引き」はどこに置いていましたか?
中島 自分の中では「バストトップとアンダーは見せない。そこさえ守ればOK」というルールがありました。私自身、ヒップがあまり大きくなくて自信がなかったので、私の希望も尊重してもらいながらセレクトしていました。
自分としては「見せてしまったらおしまい。見えないからこそ見ている方に想像してもらえる」という持論があって。昔ヘアーヌードブームもありましたし、周りから「脱ぐ脱ぐ詐欺」なんて言われたりもしましたけど(笑)、事務所がしっかり守ってくれたおかげで、今でも大好きなグラビアのお仕事を続けられているので感謝しかありません。
