1994年にシェイプUPガールズとしてデビューし、50代に入ってからもグラビアやイメージDVDで活躍している中島史恵さん(58)。
現在は千葉県に拠点を置いて活動する彼女に、高校時代に魅せられたエアロビクス、マハラジャに通い詰めていたデビュー前のエピソード、そしてマハラジャで出会った男性との意外な出来事について話を聞いた。
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ダンスの世界に夢中になりインストラクターをしていた
——中島さんは芸能界デビュー前に、一度就職されていたんですよね。
中島史恵(以下、中島) そうなんです。26歳の時にデビューしたんですけど、その前は普通に会社員をやっていました。
——もともと芸能界を目指していたわけではなく、地元・長野で就職するつもりだったのですか?
中島 松田聖子さんや中森明菜さんが大好きで、小さい頃から芸能界への憧れはありました。ただ、高校の時に地元のエアロビ教室「H&B晴恵」の晴恵先生に出会ってしまって。東京の短大にも合格していたんですが、東京に行くよりも晴恵先生のもとでエアロビをやりたくて、長野の短大に通いながらインストラクターをしていました。
短大卒業後は、実家がりんご園をやっていたこともあって、農協の金融機関である「信連(しんれん)」に一度就職したんです。
——エアロビにハマったきっかけは、やっぱりジェーン・フォンダあたりですか?
中島 はい! テレビでレオタード姿でカッコよく踊っている姿を見て、すっかりノックアウトされちゃいまして(笑)。映画『フラッシュダンス』のくるくるヘアーのジェニファー・ビールス、そして『フィジカル』のオリビア・ニュートン=ジョン。本当に衝撃的でしたね。
小・中・高とずっとバスケをやっていたんですけど、もうダンスの世界に夢中になりすぎて。部活をたまにお休みしてまでエアロビ教室に通っていました。背が高かったこともあって高校を卒業する時にはバスケの実業団からも声をかけていただいたんですが、当時の私の目にはエアロビしか映っていませんでした。

