1994年にシェイプUPガールズとしてデビューし、50代に入ってからもグラビアやイメージDVDで活躍している中島史恵さん(58)。
現在は千葉に拠点を置いて活動する彼女に、マハラジャで出会った男性との駆け落ち、キリン生ビールキャンペーンガール抜擢直後のトラブル、デビュー時の真相について話を聞いた。
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見知らぬ女性から「人の彼氏を取らないでよ!」と電話がかかってきて…
——長野のマハラジャで出会った男性と駆け落ちされたとのことですが、その後どうなったのでしょうか?
中島史恵(以下、中島) 交際を始めて少し経った頃、見知らぬ女性から「人の彼氏を取らないでよ!」って電話がかかってきて。びっくりして彼に連絡したら「間違い電話だから番号を変えた方がいい」と言われて、当時の私は「あ、そうなんだ」って信じちゃったんです。
でもあとで分かったのですが、その女性は私と出会う前から付き合っていた彼女で、彼を追って実家から出てきていたみたいで。彼はどっちを選ぶか悩んだ結果、その彼女を取ることにしたんです。
でも1週間くらい経った頃、彼の友達から「実は本当は史恵のことが好きみたいなんだ」と連絡が来て。本当にマンガみたいな話なんですけど、「じゃあ2人で駆け落ちしよう!」ということになり、誰も知り合いがいない沖縄へ飛んじゃいました。
彼はウェイター、私はキャッシャーとして沖縄のマハラジャで半年ほど働いて。その日暮らしのおままごとみたいな生活でしたけど、楽しかったですね。若気の至りです。母には「もう私のことは死んだと思って」なんてひどい電話をしちゃったりして、父や兄には本当に迷惑をかけました。
昔から憧れていた芸能界からスカウトされ迷わず「やりたいです!」と即答
——その後、東京へ移動されたそうですね。
中島 沖縄でマハラジャを紹介してくださった方が、東京の板橋・大山にカラオケ店を出すことになって、彼と一緒に上京しました。お店の寮のようなアパートに住んでいましたね。
上京後も「エグザス」や「ティップネス」といったスポーツジムに通っていたのですが、ある日レッスンの帰り道に声をかけられたんです。「何か運動されてるんですか? オスカープロモーションという事務所なのですが、C.C.ガールズの妹分として健康的な女の子を探していまして。興味ありますか?」って。昔から憧れていた芸能界からスカウトされて、迷わず「やりたいです!」と即答しました。
それまでは彼の人生を背負っていた部分もありましたけど、「あ、私が本当にやりたいことはこれだ」と気づいて、彼ともちゃんとお別れしました。

