正しいだけの人よりは、檻を自由に外せる人のほうが作家には向いている

石田 今、小説の作品内においても、コンプライアンスの縛りがとても厳しいなと感じます。今回の直木賞候補の5作に恋愛小説が1作しかありませんでしたが、それはやはり寂しい。源氏物語から不倫を外したら読むところがなくなってしまう。日本の文学の2000年というのは、色ごとの文化なんですよね。

――石田さんが小説を書くときに、これを書いたら後ろ指を刺されるかもしれないという発想はそもそもありますか。

石田 あまりないですが、作家としては、コンプライアンスより一段別の道徳観みたいなものを自分の中に持ったほうがいいんじゃないかとは思います。絶対に間違っちゃいけないという計算が透けて見える作品が最近はすごく多い。そういう、たくまずして今のコンプライアンスと一致してしまう書き方というのは、書き手の人間の粒を小さくするんです。書き手の人間の幅とかおもしろさ、あるいは独特な変さというのが大事なんですよね。

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 昔の作家は癖がありましたよね。そういう人間の幅に関しては、今の作家は少し甘いかなとは思う。もっと自由に、自分の気持ちいいことや快楽、あるいはこれをしたいという気持ちを大事にしてほしいかな。正しいだけの人よりは、そういう檻を自由自在に外せる人のほうが作家には向いているんです。

お気に入りのレコードを紹介する一幕も ©文藝春秋

「これから人生がどんどん果てしなく広がっていくんだという感覚が、すごくうれしかった」

――最後に、30年の中で最も思い入れのあるIWGPの作品を一本挙げるとすれば。

石田 やはり、ドラマにもなった「サンシャイン通り内戦」ですね。あれを書き上げたのが夜中の4時だったんです。前の晩から、ここで終わらせたいと思ってずっと5時間か6時間書き続けて、バッハの「マタイ受難曲」をかけながら朝4時に仕上がった。文春に送る前に窓の外を見た夜明けの空の感じは、もう忘れられません。

 デビュー前で、1冊目も出ていない。分からない。でもこれが書けて、これで自分は何かをつかんで、これから人生がどんどん果てしなく広がっていくんだという感覚があったのが、すごくうれしかったんです。そういう人生が広がっていく瞬間を、たくさん作るのが多分一番いい生き方なんだよね。

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 時代を切り取る石田衣良さんの最新刊は、2026年9月11日に文藝春秋より刊行される『乙女道スカウト狩り 池袋ウエストゲートパーク22』。危険なドラッグ「ゾンビタバコ」、埼京線の集団痴漢、違法風俗店、地下アイドルをめぐるスカウト狩りと、現代の池袋に渦巻く闇にトラブルシューター・マコトが挑む最新作も、ぜひお楽しみください。

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