1951年1月、山口県熊毛郡麻郷村で瓦製造業を営む早川惣兵衛さん(当時64歳)と妻ヒサさん(同64歳)が自宅で遺体となって発見された。
惣兵衛さんは斧で滅多打ちにされ、ヒサさんは鴨居から首を吊った状態で見つかるという凄惨な現場だった。タンスからは1万6千円余(現在の貨幣価値で約64万円)が奪われており、警察は強盗殺人事件と断定する。
犯人は逮捕されたが…
逮捕されたのは、窃盗の前歴がある土木作業員・吉岡晃(同22歳)。現場の焼酎の瓶から検出された指紋が決め手となった。
吉岡は取り調べで犯行を全面的に認め、阿藤に借りた800円の返済に行き詰まったこと、夫婦宅に大金があるという噂を聞いたこと、深夜に侵入して斧で惣兵衛さんを殺害し、ヒサさんを布団で窒息死させたことを詳細に供述した。着衣には被害者と同じB型の血液も付着しており、単独犯であることに疑いの余地はなかった。
しかし警察は納得しなかった。「現場の状況から単独犯とは考えにくい」という思い込みのもと、吉岡に共犯者の名を迫り、「白状しなければ体に聞いてやる」と暴行を加えた。肉体的にも精神的にも追い詰められた吉岡はある計算をする――首謀者が別にいて自分は手伝っただけと言えば、罪が軽くなるのではないか。
警察の暴走で「無実の人たち」が巻き込まれる
こうして彼は、金を貸してくれた仲間・阿藤周平を主犯とする嘘の告白を行った。逮捕からわずか2日後のことだ。
犯人が素直に自白し、物証まで揃っていたにもかかわらず、警察の“思い込み”が事件を異例の展開へと引きずり込んでいく――。
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