人は誰しも「他者から認められ、受け入れられ、大切にされたい」という根源的な欲求を持っている。しかし、その欲求を満たそうと他者の顔色をうかがい、自分を偽ってしまうことはないだろうか。
シスターの鈴木秀子さんの著書『あなたの花は明日咲く』から、ありのままの自分を受け入れ、自然と人から愛されるようになるための「一時語と永久語」の使いわけについて、抜粋して紹介する。
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愛される人に共通するある習慣
愛されない人と、愛される人を見ていると、愛されない人にはそれなりの理由があるようだ。しかし、愛される人が愛される理由を、具体的にあげるのは難しい。
ただ一つ言えることは、愛されている人には、愛が受け入れられるために自分をごまかす習慣がないということである。
逆に愛されにくい人の場合、相手に受け入れてもらおうとする力みが、かえって相手から拒絶される原因をつくっているケースが多い。つまり、相手の歓心を買うためのお世辞や、微笑みや、やさしいそぶり、物静かさ、謙遜、慎ましさ、はにかみ、あるいは積極的な生き生きした態度や聡明な言動や、そういった態度が、かえって相手との親しさを断ち切ってしまうのである。
これに対して、愛されている人は、相手に受け入れてもらおうとする努力はせず、自然体なのだ。他の人と親しくなるために、他人を無意識のうちに操る習慣から解放されている。
親しい和を持つ間柄というのは、お互い受け入れ合い、認め合い、相手を操作しないで、共にいることに静かな幸福感を体験することである。真の親しさとは、一緒にいる人が、それぞれの感情と自立性を尊重することである。自分を殺して他の人の言いなりになったり、我慢をして表面を繕うのでなく、他の人を尊重して、自分の希望をすぐに満たさないでいることもでき、「それはそれでいい」と、軽やかに自分自身を受けとめているような関係である。
つまり、相互にアイデンティティ(自己同一性)を持っている関係である。
自分が自分にとって本物である時、自分が自分を正直に見つめている時、自分を好ましい人間に見せようとしない時、人に愛されるようになるのだ。体験していることや、体や心が感じていること、言っていることが、自分自身にとって本物で調和している時のあなたを、人は好きになるのである。
赤ちゃんを見ると、人は赤ちゃんに惹きつけられる。なぜなら赤ちゃんは、自分の感じていること、体験していることを体の感覚そのもので表現していて、偽りがないからだ。
つまり、愛される人と愛されない人の根源的な違いは、自分に正直か、自分を偽るか、それだけなのである。
他の人との関係は、愛を求めるための努力をやめ、他の人を操作する衝動から抜け出すことで好転していく。人から承認を得ようとする努力をやめることで、人から多くの承認を得られるのだ。つまり人から愛されるただ一つの秘訣は、自分をよく見せないことである。
