NHK夏の戦争ドラマ。今年は丸谷才一の『笹まくら』が原作だ。戦中の昭和十五年から二十年秋まで、徴兵忌避者として全国を転々とし生き延びた男の物語だ。徴兵忌避はかつて強盗や殺人よりも悪質な犯罪だった。非国民、卑怯者。

 主人公は人を殺すのが嫌で、軍隊を憎み徴兵忌避した。反戦でなく厭戦。

 昭和四十一年、いまは都内の大学職員である浜田庄吉(森山未來)の職場に、かつて逃亡中の彼を優しく匿ってくれた恋人の訃報が届く。その日、大学あらしの犯人が屈強な職員たちに追われて浜田の脇を逃げ惑う。「捕まえてぇ、浜田さん!」。浜田は呆然として立ち尽くすだけだ。

ADVERTISEMENT

 浜田はこの日、堀川理事(石橋凌)に呼ばれ、他愛ない話を交わす。浜田は庶務課長補佐だ。課長昇進に関わる話のようだ。

 家に帰ると、理事の口ききで結婚した、若い妻(川栄李奈)がいる。彼は四十五歳だ。学校あらしの件を何の気なしに話すと、妻は「あなたって変な人。泥棒に同情するなんて」。

 職場でも、課長候補のライバル、西(駿河太郎)が、アイツは徴兵忌避してた奴だ、と触れ回っている。戦時中の行動が、いま浜田を追いつめる。そんなとき新古今時代の一首が目にとまった。「これもまたかりそめ臥(ぶ)しのさゝ枕一夜の夢の契りばかりに」。

 笹枕。旅さきでのかりそめの恋でしょうかと隣の教員が教える。

 新潟の商人宿で会った老人に「お友達でござんすか?」と仁義を切られる。エッ? 老香具師は「堅気の方を仲間と間違えるなんて申し訳ねえ」と謝る。

 愛敬のあるテキ屋(酒向芳)に、仲間と間違えられるまで、逃亡に馴染んだかと思い屈託なく笑う。老いた香具師に砂絵を教わる。彼が急死して、一人で放浪の途中、山陰の海岸で美しい若い女阿貴子(堀田真由)と出会う。美しい隠岐の松を見に行きましょうアタシは宇和島の質屋の娘よベートーベンの協奏曲の口笛を吹いて実はインテリよねだけどいいわ何処も危ないから宇和島に行きましょ父が死んで質屋も男手ないと大変だからって一緒に。

丸谷才一氏 ©文藝春秋

 句読点なし、時制もお構いなし、記憶の流れを行ききする丸谷才一の文章と博識、実験精神は心地良かった。二人は島の中腹で笹まくらに重なる。堀田真由が美しく凜々しい。

 昭和四十一年。過去の徴兵忌避のため大学に居場所を無くした浜田は、ふと宇和島の娘を思う。なぜ敗戦の後に二人で暮らさなかったのか。若い妻はその性癖ゆえに理事から押しつけられた。俺は戦争中の五年間、憲兵や隣り組から、そしてこの国からも逃げ切った。陰気な顔で日常を生きる男にそんな気概を見た。いまや戦前の令和八年。私はどう逃げるか。

『笹まくら』
NHK BS 特別番組
https://www.web.nhk/tv/an/sasamakura/pl/series-tep-M84MQ74KW8

次のページ 写真ページはこちら