東京下町、谷根千のレトロな街に、小説家の嶋津輝さんは暮らしている。直木賞候補作『襷がけの二人』が文庫化されたのを記念して、猫との日々、執筆への向き合い方、そして小説に込めた思いをご自宅で伺った。

注目の文庫版! 多くの読者を魅了した『襷がけの二人』は、文庫化でスピンオフ作品「わたぼこりの女」を追加収録。(撮影:杉山秀樹)

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戦争を描くということ

――今作『襷がけの二人』では、東京大空襲も描かれています。今、ウクライナやガザなど世界で戦争が勃発していて長い間終結できていない危険な状況が続いています。このことをどう捉えていますか。

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嶋津 犠牲になるのは常に弱い立場の庶民なので、一部の戦争をやりたい人の犠牲に多くの庶民がなっているという図式しか見えてこないです。戦争はすぐにでも終わってほしいですが、戦争を止められる人が地球上に何人かはいるのに、その人たちが実行に移さなくてなかなか終わらないことに苛立ちを感じます。

どこ見ているの? 同じ姿勢。(撮影:杉山秀樹)

 戦争の時代について描くということは、それ自体が反戦の表明だと思っています。ただ、悲惨な場面を書くことへのためらいはすごくあって、物語を創作するうえで都合よく使わないようにしようというのは意識しています。最初から戦争を書くつもりだったわけではなく、たまたまその時代を書くことになっただけの自分が刺激的な場面を書いていいのだろうか、と。『襷がけの二人』『カフェーの帰り道』は2作続けて戦争の時代を描いているので、何か激動の時代を利用しているような後ろめたい気持ちがありました。

『カフェーの帰り道』の執筆中は、戦地からの手紙を集めた本を資料として読んだのですが、立派な文面からも内心のやるせなさが伝わってきて気持ちが沈みました。自宅で一人で読むのがしんどいので、近くの博物館まで行ってそこの庭で読んでいたほどです。

 人々の日々の生活を描写するなかで、戦争を自然に表現したいと意識して書きました。

嶋津輝さん。カレンダーに付箋を多用してスケジュール管理している。(撮影:杉山秀樹)

小説とSNS

――SNSという短い言葉の発信力が大きくなってきていますが、この昨今の状況については、どのようにお感じになっていますか。

嶋津 もう完全に同世代の中でも私は取り残されてるほうだと思います。主にXで小説に関する告知や猫についての書き込みをしていますが、それ以上のことはほとんど発信していません。

――ご自身の考えを表明するツールとして、SNSは考えてないということですね。

嶋津 はい。会社勤めのころは自分を出さずに、とにかく平和にやっていければそれでいいと思っていました。ただ、小説を書き始めてから、自分は実はとても表現をしたい人間なんだということに気づきました。小説を発表できているだけでその欲求は十分満たされているというのもあるんですが、普段からうっかり余計な一言を言ってしまったり、逆に言葉が足りなくて意図と違う伝わり方をしてしまうことがよくあるので、どうしてもSNSでの発言には慎重になります。もし仮に表明したいことがあるときは、エッセイなどでじっくり時間を掛けて書いて伝えたいですね。

――先日は、日経新聞(8月4日夕刊)の「プロムナード」で、井伏鱒二の『黒い雨』を読みかえしていると書いていらっしゃいましたね。

嶋津 はい。若い読者の方がこうした新聞のエッセイや、戦争を描いた私の作品を読んで、戦争を描いた名著を知るきっかけになってくれたら、それはとても嬉しくありがたいことです。本当は知るだけではなく、『黒い雨』を読んでほしいのですが(笑)。

執筆机のすぐ脇の壁に、北アルプスのパノラマポスター。「山登りはしないんですけど、この景観が好きなんです。なかなかこういったポスターはネットで手に入らなくて、松本駅近くの書店さんで見つけました。実は昨年、将来の移住を見据えて長野に土地を買ったんです」(嶋津さん)