直木賞受賞後の変化――嵐のような日々

――今年1月、『カフェーの帰り道』で第174回直木賞を受賞されました。その後の日々はいかがでしたでしょうか。

嶋津 受賞直後の2、3ヶ月間は、あまり覚えていないくらいドタバタな嵐のような日々でした。それまでほとんど取材を受けたことがなくて、余計に不慣れで混乱していたのだと思います。「オール讀物」(2026年3・4月号受賞号)で角田光代さんとお話しさせていただいたり、「週刊文春WOMAN」(2026年春号)で稲垣吾郎さんと対談したり――普段会ったことのないような方々にお会いして、別次元にあると思っていた世界が突如次々と目の前に現れました。

 関係者の方から「嶋津先生ですか」と呼びかけられたりして、なんだこの現実は、と目が眩みそうでした。キャリアや人気を築いた状態で受賞した方と比べると、私は戸惑いがより大きかったのではないかと思います。

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文庫版『襷がけの二人』に寄り添う、嶋津さんの愛猫・三九(みく)ちゃん。直木賞候補作『襷がけの二人』は大正から昭和、激動の時代を生きる女性2人の物語。(撮影:杉山秀樹)

――きらびやかな世界に急に足を踏み入れた感じでしょうか。

嶋津 はい。頂く話は全部ありがたかったんです。でも、うまく立ち回れない自分に失望していました。もっと気の利いたことが言えたんじゃないかとか、毎回自己嫌悪でした。もともと自意識過剰気味ではあるんですが、急に環境が変わって神経が過敏になっていたんだと思います。賑やかな日々から落ち着いたら、今度は原稿の遅れを取り戻すターンに入って、それはそれで大変なんですが(笑)。

――受賞が知らされる前は、「取るかもしれない」という予感はありましたか?

嶋津 『カフェーの帰り道』で2回目の候補となったわけですが、単純計算で5分の1の確率はあると思っていました。受賞を期待するというより、取っちゃったらどうしようという恐れがありました。

 2023年に初めて候補になった本作『襷がけの二人』のときは、ノミネートだけで120%満足していて、その上さらに受賞だなんて、そんな確率は1パーセントも無いと思っていました。あのとき一番怖かったのは、受賞者が決まった後の選考委員の先生のコメントで「まず『襷がけの二人』が落ちて……」と言われることだったので、それがなかっただけで満点の結果でした。

心揺さぶる作品を紡ぎ続ける嶋津輝さん。(撮影:杉山秀樹)

北上次郎さんの予言

――直木賞受賞までには、長い助走の期間がありましたね。

嶋津 (大切そうに一冊の雑誌を取り出し)「本の雑誌」(2020年1月号)です。私のデビュー作『スナック墓場』(文庫化にあたり『駐車場のねこ』と改題)が2019年に刊行された年末の発売号で、エンターテインメントの目利きとして知られた書評家・北上次郎さんが、「2019年度エンターテインメントベストテン10」でこの本(『スナック墓場』)を3位に選んでくださいました。さらにそこには「おそらく数年で、大きな賞を取る、と予言してもいい。……人間を見る目線が、やさしくて奥行きがあって鋭いのだ。」と書かれていて。それを直木賞を受賞した後に思い出して、胸にぐっときました。よくぞこの地味な短篇集に目を留めてくださったな、と。

 直接お礼を述べることは叶いませんでしたが、直木賞を受賞する何年も前から、こうして期待を寄せていただいたことに感謝をして、これからも書き続けていきたいと思っています。

襷がけの二人 (文春文庫 し 69-2)

嶋津 輝

文藝春秋

2026年9月2日 発売

駐車場のねこ (文春文庫)

嶋津 輝

文藝春秋

2022年4月6日 発売

女ともだち (文春文庫)

村山 由佳 ,坂井 希久子 ,千早 茜 ,大崎 梢 ,額賀 澪 ,阿川 佐和子 ,嶋津 輝 ,森 絵都

文藝春秋

2018年3月9日 発売

猫はわかっている (文春文庫 む 13-52)

村山 由佳,有栖川 有栖,阿部 智里,長岡 弘樹,カツセマサヒコ,嶋津 輝,望月 麻衣

文藝春秋

2021年10月6日 発売

最初から記事を読む 「そんなにひどい悪人なんて滅多にいない」猫の気配を感じながら物語を紡ぐ、直木賞作家・嶋津輝さんインタビュー