今年5月20日、デビュー30周年を記念した22年ぶりの写真集『キケンなカオリ♡』を発売した大原かおりさん(50)。1990年代半ばにグラビアアイドルとして一世を風靡し、『出動!ミニスカポリス』『ギルガメッシュないと』(ともにテレビ東京)などの深夜番組で絶大な人気を誇った。
売れっ子時代の最高月収、令和では到底あり得ない撮影現場の実態、そして肋骨が折れたまま収録をこなした仰天エピソードまで、当時の芸能界の姿を赤裸々に語った。
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「最高月収は500万円」瞬間最大風速の全盛期
レギュラー番組を5本抱えていた時期、大原さんの最高月収は500万円に達していたという。「本当に瞬間最大風速ですよ。CMが決まったり、写真集も昔のほうがずっとギャラが良かったりして」と大原さんは振り返る。
その収入を自分のために使うのではなく、24歳のとき、父親が欲しがっていたトヨタのルシーダをサプライズで現金一括購入したエピソードは微笑ましい。
芸能活動に最初は乗り気でなかった厳しい父だったが、後に「写ルンです」を現像したところ、父が大原さんのグラビア雑誌を持って笑顔で自撮りしている写真が出てきたという。「陰ながら私の芸能活動について応援してくれていたし、喜んでくれていたんだな」と感じた瞬間だったと語っている。
真冬の四万十川で水着姿になって鯉を獲り…
深夜番組での活躍ぶりも凄まじかった。真冬の四万十川で水着姿になって鯉を獲り、バンジージャンプの耐用回数を超えたロープで実際に飛ぶ企画にも「はい! わかりました。私、飛びます」と即答。
さらにロケ先で肋骨を骨折しながらも、マネージャーに「番組を2本撮り終えてから病院に行きましょう」と告げられ、痛みを堪えてオープニングの「どうも、こんにちはー!」を何度も撮り直した。「私としてはそういうことも苦ではなかったです」と笑顔で話す姿に、当時のテレビ業界の熱量と彼女の底知れないタフさが滲み出る。
『ミニスカポリス』では「東洋90センチ級巨乳チャンピオン」として他の出演者とボタン飛ばし対決を繰り広げ、一度対戦に負けてレギュラーを降ろされたあとは山のお寺にこもって金製ボタンで修行し、翌週に復活するという筋書きまで実行した。
「令和にはあり得ないくらいバカバカしい」内容でありながら、大原さんは「楽しかったという思い出しか残ってないです」と断言する。
全盛期の赤裸々なエピソードの数々は、インタビュー本編で詳しく語られている。
〈つづく〉




