2005年にデビューした『CanCam』モデルを約6年で卒業、西山茉希(40)は次なる人生のステージへ。2013年には結婚、小さい頃からの夢だった「家族」を手に入れた。ワンオペ育児の中でぶつかった壁。離婚後も「この選択は子どもたちにとってよいことだったのか」と悩む日々。さらに西山を襲った「事務所倒産」騒動……。

 モデルからタレントへの転身、芸能人同士の結婚、華やかに見える世界で、あまりにも現実は過酷だった。しかし西山は言う。「どこでも生きていける私はラッキー」。どんなときも西山茉希が“へこたれない”ワケ。(全3回の3回目/1回目から読む

西山茉希さん ©深野未季/文藝春秋

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「私、結婚しないまま25歳になっちゃってるんだ」10代の頃から結婚願望があった

――結婚への願望は、ありましたか。

西山茉希さん(以下、西山) わりと若い頃から……それこそ10代の頃から、好きな人とは結婚したいと思うタイプでしたし、子どもを産んで家族を作りたいという思いは物心ついたときから結構強くありました。

 25歳を迎えるイベントかなにかで「今の心境は?」と聞かれて「私、結婚しないまま25歳になっちゃってるんだ……」と思ったのを覚えています。長岡にいたら、20歳過ぎで結婚して、25歳では1人目を産んでいるくらいの人生をイメージしていたので、東京軸と長岡軸がこんなに違うんだ、と心が揺れ動きましたね。

――ご兄弟もご両親も西山さんのことをよく分かってくださっている。そういうご家族の中で育ったのも大きそうです。

西山 そうでした。だから余計に、自分の帰る場所、自分の家族というものへの思いは強かったんだと思います。

――実際にご結婚、ご出産されて、求めていたものが叶った感覚はありましたか。

西山 私、帰る場所がちゃんと欲しい人なんです。当たり前のような存在として、ベース、基地が欲しい。それが家族なんですよね。留守でもなんでもいいから、集合場所にいる人間が、私の中では家族。

 女性としての自分を大事にしてこなかった時期もあったけれど、子どもを授かって、無事に出産することもできて、描いていたものが叶ったという感覚があって、心が安心して着地した、良かった、と思いました。子どもは無理かもと思ったりもしていたので。

 

「お母さんってなんでこんなに孤独を感じる生活なんだろう」

――実際の子育ては、いかがでしたか。

西山 描いていたものと現実の違いを、すごく感じました。若い頃にママという肩書きやイメージだけで、家族が欲しい、子どもが産みたいと言っていたその憧れって、本当に表面しか見ていないものなんだな、と。

 命を生かし続ける、守り続けることが、いかに大人の生活を変えるか。片時でも見ていなかったら死んでしまうかもしれないものに、初めて出会うんですよね。守らなきゃ死んじゃう、生かさなきゃいけない。

 だから、手放さなきゃいけないもの、優先しなきゃいけないものが、まず命になる。それでも私は、手放すことへの躊躇はあまりなかったほうかもしれません。