新潟県長岡出身の西山茉希(40)といえば、2000年代に一世を風靡した女性誌『CanCam』で「小悪魔マッキー」として表紙を飾り続けた人気モデルだ。しかしそのキラキラした誌面の裏側には、生理が3年止まるほどの過酷なダイエットと、笑い方すら忘れた日々があった。
◆◆◆
「1日7食」食べる肥満児だった学生時代
西山は子どもの頃から「食べることが大好き」で、高校時代は1日7食を平らげるほどだった。「ロールパンの中にポテトチップスを挟んで食べたり、マヨネーズパン、マヨネーズトースト、たらこマヨネーズご飯とか」と振り返るように、とにかくよく食べる少女だった。
成長記録には赤字で「肥満度何パーセント」と記されるほどの肥満児で、バレーボールでついた筋肉の上にさらに脂肪が乗った状態で上京することになる。
60キロ超から43キロまで体重は落ち、体脂肪率は毎日5パーセント以下に
東京でスカウト担当者から「足が太い」と指摘され、初めてダイエットを意識した西山は、主食をキャベツに替え、プールで泳ぐなど努力の末に5キロを落とした。「すごくきれいになったね」と言われたことが「人生初めての成功体験」となり、そこからさらに体重を落とし続けた。
しかし『CanCam』の撮影現場で目にした先輩モデルたちの細さは「尋常じゃなかった」。自分だけデニムが入らなかった初撮影の屈辱、「商品として使いものにならない感覚」が間違ったダイエットに拍車をかけた。
60キロ超から43キロまで体重は落ち、体脂肪率は毎日5パーセント以下としか表示されなくなった。「生理も3年くらい止まってしまったのに」、それでもやめられなかったという。
「私はどういうときに笑うんだっけ」笑い方が分からなくなったことも
誌面では「小悪魔マッキー」として成り立っていても、西山の内側はむしろ迷子だった。帰り道、「私はどういうときに笑うんだっけ」と、笑い方が分からなくなった瞬間があったと語る。
地元・長岡への帰省すら怖くなり、東京にも長岡にも居場所がないような感覚に陥った。その孤独から救ったのは、成人式に帰郷した際に祖母が作ってくれた「すごく酸っぱい梅干しのおにぎり」だったという。
キラキラしていなかったモデル時代の「リアル」は、インタビュー本編で詳しく語られている。
〈つづく〉




