1990年代半ば、Hカップのグラビアアイドルとして一世を風靡した大原かおりさん(50)。テレビ東京の深夜番組『出動!ミニスカポリス』や『ギルガメッシュないと』でその名を馳せた彼女は、25歳頃を境にテレビから姿を消した。
今年5月、デビュー30周年を記念した22年ぶりの写真集『キケンなカオリ♡』を発売した大原さんが、テレビへの飽くなき執念と波乱の半生を語った。
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「売れない理由は名前にある」2017年に「大原がおり」に改名
テレビから遠ざかったきっかけは、ミュージカル出演だった。レギュラー番組5本を辞めて舞台に専念したところ、担当マネージャーが突然事務所を去り、テレビへの復帰ルートが断たれてしまったのだ。
それでも大原さんはあきらめなかった。2017年には「売れない理由は名前にある」という占い師のアドバイスを受け、芸名を「大原がおり」に改名。「点々を付けたら5画になる!とひらめいた」という強引な発想での改名劇は話題を呼び、マツコ・デラックスさんや有吉弘行さんにもいじられた。
しかし、「いろいろな番組で私の改名の話が使われて……私自身は全く番組には呼ばれていないんですけど」と苦笑いする。
「28年もいたのに『ら』にされて…」28年間所属していた事務所が破産
2020年には44歳でレースクイーンに初挑戦。6年越しの夢を叶えたものの、初日の帰り道にぎっくり腰になりかけ、「やはりこれは若い子がやる仕事だな」と痛感したという。それでもYahoo!ニュースのトップに取り上げられ、コメント欄には「俺も前を向いて生きていこうと勇気をもらった」という声が殺到した。
追い打ちをかけるように、2024年には28年間所属していた事務所「フィット」が破産。ニュースでは「壇蜜、吉木りさら52人」と報じられ、大原さんの名前はその「ら」に含まれていた。「28年もいたのに『ら』にされてて」と笑い飛ばしながらも、芸能界引退を考え始めていた。
そんなとき、江頭2:50さんから突然電話が入った。開口一番「絶対に芸能界を辞めちゃダメだからね」。野次馬的な連絡が多い中、江頭さんは1時間以上にわたって相談に乗り、「大原は絶対に続けていったほうが良い」と背中を押してくれたという。大原さんは「江頭さんの電話がなかったら、もしかしたら辞めていたかもしれない」と振り返る。
現在は新事務所のもと、写真集発売とともに再起を期す。「パドルし続けて、大きな波が来たときにちゃんと立てるように頑張りたい」——その言葉の重さは、インタビュー本編で詳しく語られている。
〈つづく〉




