「ハンカチ王子」の異名で、2006年の夏の甲子園を制覇して話題をさらった斎藤佑樹。優勝後に東京に戻ると、想像していた以上のマスコミが彼の私生活に踏み入ってきたという。

 家を出ると外にカメラマンが待ち受け、行きつけのベーカリーにも行けない日々。本人が振り返るそんな苦い記憶を、ベースボールジャーナリスト・石田雄太氏の新著『ハンカチ王子と呼ばれて 斎藤佑樹 54勝の記憶』(カンゼン)から一部抜粋してお届けする。

恐怖を感じるほどの取材攻撃に直面したという ©文藝春秋

◆◆◆

ADVERTISEMENT

優勝後は、マスコミの恐怖におびえる日々に

 優勝してからの記憶はぽっかり抜け落ちているんです。試合が終わってすぐ、佐々木(慎一、早実の野球部部長)先生がポンポンと背中を叩いてくれました。で、「お疲れさま」とひと言だけ……その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れてきました。そこまでは記憶に残っています。

 僕は1年生の時から佐々木先生にずっとお世話になってきました。1年の時の担任で、朝早くから補習をしてもらった。群馬から国分寺へ通っていた時、野球以外のことでも本当にお世話になりました。その佐々木先生がいきなり優しい言葉をかけてくれて……いつも寡黙で、あまり感情を表に出さない人なんです。だからものすごく心に染みて、思わず泣けてきてしまいました。

 その次の記憶は、国分寺の学校へ戻ってきた時まで飛んでいます。バスの中だったので昼だったか、夜だったか、それさえもよく覚えていません。学校の周辺は閑静な住宅街なのにものすごくたくさんの人が集まって、テレビカメラもたくさんいたと思います。最初は甲子園で優勝するというのはこういうものなんだろうなと思っていました。凱旋した僕らを、地元の人たちはこんなふうに喜んで迎え入れてくれるんだと思って、すごくうれしかったんです。

 でもその翌朝、まず家を出る時に驚かされました。外にカメラマンがいたからです。アパートの場所もバレていて、家を出た僕を通学路で待ち伏せしていました。駅の手前に踏み切りがあって、その踏み切りは開いているのになぜかひとり、ぽつんと立ち止まってタバコを吸っている人がいたんです。そんなこと、あり得ないじゃないですか。

 何をしているんだろうと思ったら隠し持っているカメラが見えて……あの時は恐怖さえ感じました。何しろまだ高校生ですから、マスコミってここまでするんだと思って、怖くなりましたね。