眼帯を身につけ、インスリン注射を打ちながら病院通いを続けていた40歳の頃。定期検査を重ねるなかで、少しずつ腎臓の数値が悪化していく。「まだ大丈夫」と言われながらも深刻な表情の医師に促されて向かった腎臓内科で、彼を待ち受けていたのは「あと5年」という非情な命のタイムリミットだった――。
脳梗塞、糖尿病、腎不全、片目の失明……常に病と共に生きてきた東大中退のラッパー・ダースレイダー氏(49)の著書『セルフ透析はじめました』(KADOKAWA)の一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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「残念ながら腎臓は良くなるということはありません」
眼帯のラッパーとなり、インスリン注射も覚えた。お腹の脂肪めがけて注射針を刺す。うまくいけば全く痛くないけれど、外れるとちくっとする。痛覚は日々変わるので小さなギャンブルだ。朝は遅効性のインスリンを打ち、食前に速効性のインスリンを打つ。注射針ももはや友達だ。なんとか生活に慣れながら病院通いを続ける。
定期的に検査を受けて身体のメンテナンスを心がけていたのだが、ちょっとずつある数値が悪化しているのがわかってきた。腎臓だ。医師は「まあまだ大丈夫ですね」とか「まだ若いので」と言ってくれていたが、採血、採尿検査を重ねる中でどんどん悪くなっていた。
このタイミングで糖尿担当の医師が変わることになった。東北の復興医療プロジェクトに携わるためだという。気持ちの良い会話ができる医師だったが、なんとも立派な理由だったので「お世話になりました!」と挨拶をした。僕は40歳になったばかりだった。
新たに僕を担当することになった医師は採血、採尿結果を見ながら深刻な表情をしている。「一度腎臓内科の先生に会って話を聞いてください」。僕は腎臓内科の診察室へ向かった。すると看護師が僕を暗い小さな部屋に連れていく。
彼女は「このDVDを観てください」と僕に一枚のDVDを渡すと部屋を出ていった。小さなテレビ画面が動き出す。そら豆のような形をした腎臓くんが歩いている。だんだん腎臓くんの表情が辛そうに変わっていく。ある地点を通り越すと看板が現れる。

