2019年11月22日、フリー転向からわずか2か月。元フジテレビアナウンサー・笠井信輔氏(当時56歳)に手渡された診断書には「悪性リンパ腫」の文字が刻まれていた。血液検査では「異常なし」、前立腺がんマーカーも「正常範囲内」。3度にわたる検査をすり抜けた"隠れたがん"は、気づいたときにはすでにステージ4――全身を蝕んでいた。笠井氏の著書『生きる力 がん寛解までの記録』(角川新書)には、その壮絶な記録が明かされている。
異変の始まりは2019年夏にさかのぼる。1〜2時間ごとの頻尿、排尿時の激痛、いきまなければ尿が出ない苦しみ。フジテレビ在職中の5月に受けた検査は「正常範囲内」。8月の再検査でも診断は「前立腺肥大」にとどまった。人間ドックでも悪性リンパ腫は発見できないことがあるという、厄介な病だった。
退社1週間前の9月23日、渋谷のシアターコクーンで観劇中に腰へ激痛が走った。脂汗をかき、耐えきれず幕間で途中退場。「引越し作業で腰を痛めた」と思い込み整骨院に駆け込んだが、その痛みの正体はがんだった。
「運が悪かった。交通事故のようなもの」――告知の日から始まった命の選択
11月22日の告知後、笠井氏は帰宅し、元アナウンサーの妻に打ち明けた。泣き崩れる夫に対し、妻の第一声は「そんなのウソよ。ありえない。間違ってるんじゃないの? すぐにセカンドオピニオンを受けてください」。即断即決の一言だった。この判断が、その後の治療を大きく動かすことになる。
12月2日、妻と長男とともに受けたセカンドオピニオンで、病名は「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と確定した。進行の早いアグレッシブなタイプだという。PET検査の画像を見せられた笠井氏は、めまいに襲われた。「私の全身のあちこちが黄色に光り輝いていました。『すべてがん細胞』だと先生が言います」。五十肩だと思っていた左肩の痛みも、骨に巣食ったがんだった。
ステージ4という事実は、妻と長男だけの秘密とした。「笠井アナ、ステージ4」という一語が独り歩きすれば、復帰不可能という負のイメージが定着する。それだけは避けたかった。
失禁、おむつ、介護ベッド――体は限界を超えていたが、「世間に爪痕を残したい」という執念が、崩れかけた体を支えていた。
入院5日目、24時間×5日間の抗がん剤投与が始まった。注入30分後、顔面に巨大な蕁麻疹が現れ、体には鉛を入れられたような倦怠感が襲った。
「これが、抗がん剤なのか……」
2020年6月、笠井氏は完全寛解の診断を受け、仕事に復帰している。検査では見つからない病、告知から治療までの壮絶な日々の全容は、『生きる力 がん寛解までの記録』に詳しい。
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