2019年11月22日、手渡された診断書に書かれていた「悪性リンパ腫」の文字。「運が悪かった。交通事故のようなもの」と主治医に告げられた笠井信輔氏は絶望に打ちひしがれたという。
帰宅後、元アナウンサーの妻に打ち明けると、涙を流す笠井氏に対し、妻は即座に意外な言葉をかけた。ここでは同氏の著書『生きる力 がん寛解までの記録』(角川新書)の一部を抜粋。家族一丸となってのがんとの戦いについて紹介する。
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最悪の告知
「病状説明用紙」
説明日:2019/11/22
笠井信輔さんのご病状について下記のように説明しました。
診療科:腫瘍血液内科
骨髄生検・骨髄穿刺の結果
悪性リンパ(B細胞性)が見つかりました。
悪性リンパ腫は約90種類に分類され、それぞれ標準治療が異なります。
したがって、可能な範囲で専門的な病名を突き詰める必要がありますが、正確な診断に至るまでには時間がかかることもしばしばです。
(中略)ある程度のところまで診断が詰められ、病期診断(ステージの確定)に必要な検査や、治療前に内臓機能評価をする検査を受けて、入院による抗がん剤治療開始が望まれます。
これが、最初の病院で最初に私に手渡された「がん診断書」。最悪の11月22日でした。
「がんかもしれません」
「がんの可能性は高いですね」
「珍しいタイプなので、とりあえず入院して検査を進めましょうか?」
検査が進むにつれて、最初の病院の先生からはいろいろな話を受けました。ただ、この日まではがんと決まったわけではありませんでした。
しかし、がん細胞が見つかったと言われたら何も反論できません。
それも書面を加えての回答です。
その瞬間、頭の中をよぎったのは、
「勘弁してくれよ。なんで俺ががんなんかにならなきゃいけないんだよ」
なんだかんだ言いながら最終的には、
「笠井さん良かったですね。がんじゃなかったですよ」
その答えを待ち望んでいました。
でも考えてみれば、フリーになってからあまりにも滑り出しが上手く行き過ぎていました。
「なんで、こんな病気にかかっちゃったんでしょう」
私は混乱しながら聞きました。
「運が悪かったんです。交通事故にあったようなものだと思ってください」
先生の説明では、悪性リンパ腫は遺伝ではなく、食生活や働き方からくるものでもないそうで、たまたま、「はい、あなたがんです」と言われてなるようなものなのだそうです。
