悪性リンパ腫に蝕まれ、激痛、頻尿、激痩せ、失禁と身体はすでに限界。だがフリーアナとして「爪痕を残したい」一心から、仕事を続けた笠井信輔氏。その裏ではとてつもない葛藤、苦労を抱える日常があった。いったいどのような闘病生活を送っていたのか。同氏の著書『生きる力 がん寛解までの記録』(角川新書)の一部を抜粋して紹介する。
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尿もれ事件
セカンドオピニオンのための検査結果を待っている間も、痛みと闘いながら毎日仕事を続けていました。するととうとう。
■11月30日(土) スマホに残っていたメモ
初めて漏らす
初めておむつ買う
整骨院からタクシーに乗って自宅最寄り駅で降りる
とたんに強烈な尿意。トイレは駅にしかない。うまく走れない中トイレに駆け込む
しかし、間に合わず。ついに漏らしてしまった
そのまま、駅前の薬局へ
尿漏れパッドと、腰痛がひどくなってきたので鎮痛剤を購入
レジに並んだが、思い立って引き返して、夜用のおむつも買う。おむつをするのはプライドが許さなかったが、妻にも言われたので……
もう2時間おきにトイレにいくのは、腰が痛くていやなのだ
日記をつける習慣はありませんでしたが、この日は起きたことをスマホのメモ機能に残していました。漏らすなんて……相当ショックだったのです。
これまで、こうしたことは何度もありました。近くにトイレがあったりして、ギリギリセーフなことが何度も続いていたのですが、この日ついにOUT!
情けなかったです。パンツは捨てました。
11月ころから2時間に1回、就寝中3回は必ずトイレに立つ。しかし、腰が痛くて起きられない。もんどり打ってなんとか起きて、トイレに行くともう目がさめてしまう。それを夜に3回。完全な睡眠不足。
周りからは、「『とくダネ!』がなくなって、ゆっくり眠れるようになって良かったですね」と山のように言われましたが、むしろ「とくダネ!」時代の方が体は楽でした。しかし、「今がんの検査中なんです」などと言えるはずもなく、そんな時は力なく「そうですね」と愛想笑いをするしかありません。
妻からは、「おむつをしたほうがいいんじゃない? そのほうが眠れるんじゃないの?」そんなアドバイスを受けていましたが、私は首をたてに振りませんでした。おむつをするなんてプライドが許さなかったのです。
