「命」と「仕事」を天秤にかける

 よほど悪いのだろうと察しがつきました。それでも、私は入院を躊躇していました。12月は重要な仕事が目白押しだったのです。

(1)講演会が5件。もし、がんならば、長期の入院のおそれがあり、収入が一切なくなってしまう。入院費を稼ぐためにも、できる限り仕事をしてから入院したい。

(2)テレビ朝日の人気クイズ番組「Qさま!!」。これに出れば各民放ゴールデン番組すべてに出演したことになる。

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(3)笑福亭鶴瓶師匠と、ももいろクローバーZのトーク番組「桃色つるべ」。鶴瓶師匠の優しさで出演が決まった番組をキャンセルできない。

(4)「ノンストップ!」の密着取材。古き良き仲間からの依頼で、なんとしても受けたい。

(5)そして、そして、12月16日(月)「徹子の部屋」。あの国民的トーク番組にフリーになりたての新米タレントが呼んでもらえた。「すみません、がんになっちゃったんでやめます」なんて言えるわけがない。

 一体何を考えているのか? 「命」と「仕事」を天秤にかけたら「命」を優先しなければいけないことは明白。皆さんはそう思うかもしれません。しかし私の思いは違うところにありました。「これから長期にわたって私は世の中から姿を消すことになる。もしかすると、もうテレビ界に復帰できないかもしれない」、「だとしたらその前になんとか世間に“爪痕”を残しておきたい」そんな思いが強かったのです。

寛解後、舞台の稽古に励む笠井氏 写真はインスタグラムより

 妻も元アナウンサーです。私の気持ちを理解してくれていました。妻が「即入院して」と頼んで来ていたら、私は「徹子の部屋」に出演することはなかったでしょう。

「悪性リンパ腫が確定した場合、なんとか『徹子の部屋』の収録日12月16日までは入院を延ばしたいんですが……」

 私はセカンドオピニオンの先生にそのことを申し入れました。すると、

「笠井さんは……『徹子の部屋』に呼ばれる人なんですか?」

 先生から明らかにいつもと違う反応が返ってきました。やっぱり「徹子」は違う、「とくダネ!」は知らなくても「徹子の部屋」は知っている! 放送開始44年というのは伊達じゃなかった!

「そうですねえ……2週間でしたら……延ばしても治療の方は大丈夫でしょう。そこまで急速に悪化するものでもありませんから」

 先生もわかってくださいました。入院は「徹子の部屋」の収録を待ってから。しかし、ギリギリの判断という口ぶりではありました。

 問題は、悲鳴をあげている私の体。あと2週間もってほしい。

次の記事に続く 「ほとんど無数といっていいほどがんが全身に散らばっています」セカンドオピニオンで聞かされた“全身のあちこちが黄色く光っている”という事実…元アナ笠井信輔が告白する“死を覚悟した”瞬間とは

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