しかし、外で漏らしたことでプライドも何もなくなりました。その晩から私はおむつをして寝ることにしたのですが、寝たままおむつに放尿することがあれほど大変だとは思いませんでした。普通に出そうとしても絶対に出ない。下腹部に強い力をいれていきまないと出てこない。したいのに出てこないのです。
結果、毎回、「うううううううん」とうめき声を上げながらおむつに放尿していました。夜の苦しみを少しでも軽減するために、介護ベッドも購入しました。背中部分が自動で起き上がるものです。7万円ほどしましたが、これは大変助かりました。
となりの部屋で寝ている次男は、
「ゆうべも凄い声だしてたね」
と、よく心配してくれていました。
あれほどダイエットに苦労していたのに、黙っていてもどんどん体重が減ってきて、
「最近、笠井さんシュッとしてきてカッコよくなってきましたね。やっぱり、フリーになると違いますね」
何も知らない後輩アナから、そんなことを言ってもらって「そう?」なんておどけたりして……。なにより、いつの間にか走れなくなっていました。足が速く動かないのです。
腰痛、失禁、体重減、おむつ、介護ベッド、走れない……。セカンドオピニオンを受けなくても自分は大変な病気にかかってしまっている。それは容易にわかることでした。
のちに、これらの苦しみはすべてがんが原因だったとわかるのです。
問題は、いつ入院するべきか?
セカンドオピニオンの結論が出る前から、重大な懸案事項がありました。
それは「いつ入院するか?」。
前述のように12 月に入る前から私の体はボロボロでした。
電車に乗るとき駅でトイレに行き、乗換駅でトイレに寄り、降りた駅でまたトイレに入って仕事に向かう。排尿の痛みは我慢ならないほどで、時間もかかるので必ず個室を利用する。そのため移動時間は通常より30分余計に取っておかないと約束の時間に間に合わなくなるのです。
トイレに行く間隔があいてしまうと、突然「猛烈な尿意」に襲われ、そこからすぐにトイレに駆け込まないと漏れてしまう。そして、あの尿漏れ事件が起きてしまいました。
正直、体は12月に入ると限界に近い状況でした。
最初の病院の先生は11月下旬から12月初旬の入院をすすめてくださいました。
「とにかく早く入院して、入院しながら検査をすすめましょう」と。
