「死に物狂いで芸術をやって、死んだ後も何千年も人々が心打たれる芸術を作っていきたい」(2016年文化勲章受章時)
水玉模様で世界を魅了した前衛芸術家の草間彌生が8月14日、この世を去った。97歳だった。
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“前衛の女王”水玉モチーフや過激な「ハプニング」パフォーマンス
元多摩美術大学学長で、草間彌生美術館(東京都新宿区)館長を務める建畠晢氏が作風を解説する。
「生涯にわたるモチーフとなった水玉や、性的なモチーフは、彼女にとって恐怖の対象。それらの中にあえて埋没し、『自己消滅』によって克服しようとしたのです」
長野県松本市生まれの草間は幼少期から幻覚や幻聴に悩み、その具現化として水玉や網目模様を描く。28歳で渡米し、ニューヨークで活動を開始。次々と奇抜な作品を発表した。
とりわけ過激だったのが、1960年代後半から取り組んだ「ハプニング」だ。
「1回限りで行われるパフォーマンスのこと。草間は、当時のヒッピー文化やベトナム戦争の反戦運動といった時代の流れと呼応して、奇想天外なハプニングを連発しました」(美術関係者)
ニューヨークの白昼、セント・パトリック大聖堂。往来の中に現れたヒッピーの男女が全裸になり、星条旗や聖書に火をつけると、燃え盛る炎の傍らで、性交を始める者が現れる。また別のハプニングでは、四方鏡張りの部屋で乱交が行われ、互いの裸に水玉模様を描いてゆく……。
「“前衛の女王”の異名をとり、アンディ・ウォーホルやサルヴァドール・ダリらと交流した。ただ、当時の日本ではなかなか受け容れられませんでした」(同前)
