「太平洋戦争はなぜ起きたのか」
悠仁さまの教育において、戦争の記憶の継承という視点を補おうとなさったのが、母の紀子さまだった。
「悠仁さまは幼い頃から、戦中・戦後の国民生活の労苦を伝える『昭和館』の常設展をご覧になったり、沖縄地上戦に関する企画展をご覧になるなど、戦争についての学びを深めてこられた。こうしたお出まし先は、いつも紀子さまがお決めになっていました。小学校4年生の冬には初めてご夫妻とともに長崎を訪問され、長崎原爆資料館などを見学。6年生の夏休みには、悠仁さまの希望で紀子さまとともに広島を訪問され、広島平和都市記念碑や広島平和記念資料館に足を運ばれました」(紀子さまの知人)
こうしたご姿勢は、上皇周辺からもこう評された。
「秋篠宮家でもっとも皇室全体のことを真剣に考えておられるのは、紀子さまだ」
小学校6年生で広島を訪問された5日後には、昭和史研究の第一人者である半藤一利が宮邸に招かれた。「太平洋戦争はなぜ起きたのか」というテーマで悠仁さまに話をするためだった。約束は2時間半。悠仁さまは、
「アメリカはなぜ原子爆弾を広島と長崎に落としたのでしょうか」
と質問されたという。
ただ秋篠宮も、「天皇たるべき教育」を意識なさらなかったわけではない。前出の近藤が明かす。
「秋篠宮殿下は、上皇上皇后両陛下のところへ、しょっちゅう、悠仁さまを連れて会いに行かれていた。そこで天皇とは何かを学んでもらおうとなさったのでしょう」
秋篠宮ご一家は頻繁に、上皇の那須や軽井沢、葉山での静養に同行された。葉山では上皇が美智子さまや紀子さま、悠仁さまを和船に乗せ、自ら櫓をこがれた。悠仁さまが週末に御所を訪ねられ、上皇とともに昆虫観察をされることもあった。上皇のなさりようを間近で見せる。それが秋篠宮の天皇教育だった。
※約9100字の全文では、秋篠宮さまの教育観をうかがい知れるエピソードをさらに紹介しています。全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年10月号に掲載されています(深層レポート 悠仁さま天皇教育の波紋)。

