お相手女性にかかる猛烈な圧力

 そんな悠仁さまはどのようにして、ご結婚相手を選ばれるのか。

「実は、悠仁さまは戦後初めて、幼稚園から高校まで男女共学で学ばれた皇族です。学習院は初等科までは共学ですが、中高は男女別学となる。悠仁さまの場合、共学のお茶の水女子大附属中を経て、筑波大附属高に進学された。思春期も含め、同世代の女子が身近にいる環境で育たれたことになります」(同前)

 筑波大進学後も周囲には女子学生が少なくはない。

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「やどけんは男子が約9割のサークルですが、悠仁さまは、高校時代に始めたバドミントンのサークルも掛け持ちをしています。100人規模のサークルで、女子とダブルスを組んだことも報じられた。ファミレスで夜遅くまでお喋りを楽しんだり、大学の学園祭では女子学生から記念撮影を求められたりもしていました」(前出・筑波大関係者)

 とはいえ、現実的にこうした市井での出会いの中でご結婚相手を見つけられることはあるのか。

「秋篠宮は、自ら立ち上げられたサークル『自然文化研究会』を通じ、紀子さまと親しい間柄となられました。秋篠宮自身、かつて『学生時代に結婚相手を見つけないと難しくなる』と語っておられた。卒業後は様々な監視の目があり、学生時代のほうが自然な形で女性と出会いやすいと考えておられたようです」(前出・秋篠宮家関係者)

 ただ、悠仁さまは天皇になることが宿命づけられている存在だ。

「比較的自由なお立場だった秋篠宮殿下に比べ、天皇陛下は様々なお相手候補が取り沙汰されてきた。そんな中で想いを寄せられたのは、1986年にスペイン王女の歓迎茶会で出会われた雅子さまでした。外務省幹部だった父・小和田恆氏と参加されていたのです。その後、距離ができたものの、天皇陛下自ら宮内庁に申し入れるなどし、6年後に再会の機会を設けた。そして結婚を実現させたのです。悠仁さまの場合も、お相手が完全な一般人というわけにはいかない。雅子さまのような深い教養や、一定の家柄も必要条件として考慮されるでしょう」(前出・宮内庁関係者)

那須御用邸内を散策される天皇ご一家 ©時事通信社

 では今回、改正皇室典範が公布されたことで状況は変わるのだろうか。象徴天皇制に詳しい河西秀哉・名古屋大大学院教授が解説する。

「皇統の継承資格を男系男子に限定し、旧宮家の男系男子を養子として迎え入れる制度が盛り込まれた。しかし、養子制度は国民の間での賛否が二分しており、現実味も乏しい。当然、次世代で唯一の男系男子である悠仁さまへの比重が極めて大きくなる。限られた条件の中でご結婚が成立したとしても、お相手の女性は猛烈な『男子出産』圧力をかけられることになるのです」

 健やかにご成長され、様々な公務にも励まれてきた悠仁さま。だが、皇室典範改正がご結婚に新たな障害を生み出している。

《「週刊文春 電子版」では、他にも皇室典範改正でさらに注目が集まる悠仁さま、愛子さまに関する記事を配信している》

次の記事に続く 「東京の家、今度ぜひ観に来て」20歳になられた“次世代の天皇”悠仁さまがご学友をお誘いに…大学生活で見せる等身大の姿