「口唇口蓋裂」とその合併症等によって鼻と唇、耳がない状態で生まれ、心臓には3つの穴が開いた状態で生まれ、これまでに20回以上の手術を受けてきた小林えみかさん(31)。現在はNPO法人の代表として当事者・家族支援に取り組む彼女が、壮絶な半生を語った。
小林さんが生まれた瞬間、分娩室は静まり返ったという。主治医が母親に「赤ちゃんの口が割れてんねんけどな」と告げると、歯科衛生士だった母は「口唇口蓋裂か。でも、それやったら大丈夫だわ」と一度は安堵した。しかし続けて「耳もないねんけどな」と知らされ、さらに心臓の異常も発覚。「この子、生きられますか?」と問う母に、主治医は「今のところはね」とだけ答えた。
「4歳で初めて補聴器をつけた瞬間、世界が180度変わった」
生まれつき高度難聴だった小林さんが補聴器を装着したのは4歳の時。その瞬間、「うるさっ!」と感じたという。それまで水の中で聞くようなくぐもった音しか知らなかった彼女にとって、クリアに届く音の洪水は衝撃だった。「親の声ってこんな声やったんや」——その日からテレビに張り付き、あらゆる音を貪るように吸収した。
一方、学校生活では苦難が続いた。廊下を歩けば「あの鼻の変な子やで」と指をさされ、滑舌を笑われた。給食は噛み合わせの悪さから食べ終わるのに人一倍時間がかかり、5時間目の直前までかかる日も珍しくなかった。蓄積されたストレスは体に出て、小学生の頃には円形脱毛症にもなった。
そして中学生になると、外見への悩みは一気に深刻さを増した。周囲の女子がメイクを覚え始め、リップを塗ると傷痕が悪目立ちする自分に気づいた。「何をやっても全部、口唇口蓋裂のせいでうまくいかへん」。相談できる相手もなく、やがてシャワーの音に隠れてリストカットをするようになっていった。
そんな彼女が、自身の病気とどう向き合い、いかにして支援活動へと歩みを進めたのか。インタビューの本編では、その転機と現在が詳しく語られている。
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