『ゾンビ回収婦』(小砂川チト 著)

 ゾンビは便利だ。

 誰もが知っている。少なくとも日本においては、ドラえもんかポケモンくらいの知名度はある。

 目的や動機を設定しなくていい。ほぼ天災だ。ぽんと置けば機能する。悲劇にも喜劇にも対応できる。

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 かつてわたしはゾンビをマヨネーズに例えたことがある。かければ何でもそれなりに美味しくなる代わりに、全てがマヨネーズ味になる。腕に自信がないか、もしくは逆にマヨネーズをねじ伏せられるものだけが手を出せる。

 しかもAIだ。そしてVRゲームだ。卵と豚バラとマヨネーズで一品作れ、といわれているようなものだ。

 なのにここには、知らない味がある。

 主人公は仕事を失い、夫とも離れ、VRゲームに耽溺する。雪山のホテルでは、日々プレイヤーとゾンビとの攻防戦が繰り広げられている。主人公はNPC、つまりプレイヤーに操作されないキャラクターとなって、ひたすらホテルの清掃をしている。集団としてのゾンビ、個性のない塊の中の『あなた』に出会うまでは。

 ゲームの中でいくらホテルを綺麗にしても、ゾンビを回収しても、現実では何も意味がない。けれど主人公はこの空事にのめり込み、生きている時間の全てを費やす。はっきりとは書かれないが、おそらく現実世界の仕事はAIに代替されている。もう働かなくても生きていける世界なのかもしれない。現実が既に空事なのだ。

 ゲームにはゴールがある。成果があり、報酬がある。時に現実では得られない明確な達成感がある。主人公は「たましいを殺さないために、働きつづけ」る。

 もう一つの転換点は、ゲームの開発者の男の登場だ。男が手掛けたインディーズゲームがたまたまヒットし次回作を希望されるが、批判を恐れるあまり手直しを繰り返し、いつまでもリリースに踏み切れない。彼は無数のゾンビにカウンセリングを行い、一体ずつの不満を聞き、それぞれに個性を持たせるために〈初語〉という「人格の素になる言葉」を与える。しかしそのプロンプトはうまく作用せず、修正は無限に続く。

 やがて主人公は、人である己に与えられた〈初語〉を見いだす。なぜ人生に意味が欲しかったのか、なぜ褒められたいのか、なぜ全てを完璧に仕上げたいのか。ここで、人とゾンビ、人とAIの差は消える。

 どうこの物語は着地するのだろう、と思っていた。ここから最後にかけて、世界の皮が次々とめくられていくような疾走感は、ぜひご自身で味わってほしい。

 ゾンビは現代人のメタファーだとか、プロトコルに沿って動くAIと人間の違いなど、それっぽい考察はいくらでも言える。けれど、この物語は卵と豚バラとマヨネーズでできていながら、きっとあなたが人生で初めて食べる味になっているはずだ。

こさがわちと/1990年岩手県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学院社会学研究科心理学専攻修了。2022年、「家庭用安心抗夫」で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。本作で第175回芥川賞受賞。著書に『猿の戴冠式』。

いけざわはるな/1975年生まれ。第20代日本SF作家クラブ会長。著書に『SFのSは、ステキのS』など多数。

ゾンビ回収婦

小砂川 チト

講談社

2026年7月9日 発売