2009年、交際相手や知人男性ら計6人の男性が相次いで不審死を遂げていたことが発覚し、世間に大きな衝撃を与えた「鳥取連続不審死事件」。強盗殺人罪などに問われ、一貫して無罪を主張していた上田美由紀被告に対し、最高裁は2017年に上告を棄却し死刑が確定した。

 5人の子どもを持つシングルマザーであった彼女は、なぜこれほどまでの惨劇を引き起こしたのか。そして死刑の直前、拘置所の面会室で何を語ったのか――。ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『殺め人』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)

鳥取不審死・送検される上田美由紀(写真:時事通信社)

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松江刑務所での面会

 アクリル板の向こう側に、静かに腰を下ろした身長146センチの小柄な女性は、少しの沈黙のあと、「私は、強い女ではないので」と前置きし、こう吐露した。

「無の状態というか、判決日が思ったより早かったので、パニックになりました。正直、自分の気持ちをどう表現したらいいのか分からないんです」

 2009年に発覚した「鳥取連続不審死事件」の被告・上田美由紀(当時43歳)は、島根・松江刑務所で私に、判決前の心境をそう明かした。2017年6月のことである。2件の強盗殺人罪などに問われていた上田美由紀は、このときまさに最高裁で争っていた。

 事件の発端は、鳥取県警が2009年の11月、上田美由紀と同棲中の元自動車セールスマンの男(当時49歳)を、軽自動車などをだまし取った詐欺容疑で逮捕したことにさかのぼる。さらなる疑惑が浮上したのは、その取り調べのなかでのことだった。複数の男性を相手に嘘をついて金銭を貢がせていたことにとどまらず、上田美由紀のまわりでは交際相手や知人男性が次々不審死を遂げていたのだ。

 わかっているだけで6人が亡くなっていた。ぎょっとする数字である。2004年、読売新聞の記者(当時42歳)が列車にひかれて死亡。2007年、警備員(当時27歳)が日本海で溺死。2008年、鳥取県警の刑事(当時41歳)が首を吊り死亡。