2009年に発覚した「鳥取連続不審死事件」。交際相手や知人男性ら計6人が相次いで不審死を遂げ、強盗殺人罪に問われた上田美由紀は、一貫して無罪を主張し続けた。

 2017年8月、最高裁が上告を棄却し死刑が確定する直前、拘置所の面会室で彼女は何を語ったのか。ノンフィクションライター・高木瑞穂氏の文庫新刊『殺め人』(鉄人社)が、その肉声を記録している。

「まるで落ち武者みたいでしょう」

 判決まで残り1か月を切った2017年6月、島根・松江刑務所の面会室。アクリル板の向こう側に腰を下ろした上田美由紀(当時43歳)は、「私は、強い女ではないので」と前置きしたうえで、「私の中で、1分が1秒に感じられるほど、時が過ぎるのが早いんです」と静かに語った。

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「西の毒婦」と呼ばれ逮捕時に恰幅の良かった彼女は、面会時には痩せて小さく見えた。外見の変化を問われると、「まるで落武者みたいでしょう」とフフフと笑い、淡々と答えた。

写真はイメージ ©getty

 日々の気持ちの支えについては、「東京に新しい『父親(支援者)』がいるんです。その方をはじめとして、お手紙をくださる支援者の方々にお返事や絵をかかせてもらえることで、時間を忘れさせてもらっています」と語った。動物や花のイラストを一人ひとりに送ることで「生きている実感が得られる」とも述べた。

 また、林真須美と木嶋佳苗と並び「平成の3大悪女」と報じられることについて、林真須美から1千万円の損害賠償を求め提訴されていたことを問われると、「何も悪いことは書いてないです。なぜ訴えられるのか、わからない。ほうっておいてほしいです」と困惑を隠さなかった。

 さらに彼女は、死刑確定直前に約7000字の手記を高木氏に寄せた。そこには「あまりにも本当の私と違うことが、今までメディアや雑誌やその他の書籍で一方的に書かれていた」として、被差別部落の出身であること、甘い父と料理上手な母のもとで育ったこと、「貧困家庭」「悪ガキ」と書き立てられたことへの憤りが、切々と綴られていた。

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【本編はこちら】「とてもショック」林真須美との因縁、彼女を支援する「新しい父親」とは……《鳥取連続不審死事件》死刑直前の上田美由紀が残した【衝撃告白】
へ続くーー。

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