1975年(昭和50年)から1989年(平成元年)までの14年間、佐賀県佐賀市を中心に見て半径20キロ圏の狭い範囲で7人の女性が殺害された。

 このうち6人が水曜日の夕方から夜にかけて行方不明となり、5人の死因が窒息死であったため「水曜日の絞殺魔事件」とも呼ばれる本事件は最初の4件が犯人逮捕に至らぬまま時効が成立。

 1989年に同県北方町の山林で3人の遺体が見つかった通称「北方事件」では容疑者の男が逮捕されたものの裁判で無罪が確定したが……。鉄人社の新刊『知ったら最後、夜眠れなくなる 世界の未解決ミステリー68』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)

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トイレになぜ少女の遺体が…。写真はイメージ ©getty

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学校のトイレで見つかった「12歳少女の遺体」

 1975年8月27日(水曜)、佐賀県杵島郡北方町(現・武雄市)在住の北方中学1年、山崎十三子さん(当時12歳)は、夏休みの宿題をするため自宅にいた。彼女はクラブのホステスをしている母親と2人暮らしで、この日、母親は16時ごろに出勤。その後、友人が遊びに来て19時ごろに帰る。

 異変が発覚するのは母親が帰宅した翌日28日午前0時半ごろ。テレビや電気がついているのに、なぜか娘の姿がない。入浴しようとしたのか風呂場にスカートが脱ぎ捨てられており、普段履いている靴も残されたままだ。

 母親が近所を数時間探し回ったものの娘は見つからず、28日中に警察へ捜索願を提出。警察は室内に争った痕跡がないことから、十三子さんが顔見知りの人物に連れ去られたものとみて捜査を開始したが、その行方は一向にわからなかった。

 5年後の1980年6月27日、十三子さんは白石町立須古小学校のプール横にあるトイレで発見される。