明智光秀とその腹心・左馬助を主人公に据え、明智家の命運を握る“命懸けの隠し事”を描く住田祐さんの新刊『誰が首(たがくび)』。本作に惚れ込んだ国文学者・文芸評論家の島内景二さんによる書評をお届けします。(※作品の内容を一部含みます)
心の鏡としての歴史小説……住田祐『誰が首』の魅力
あと三十歳若い頃に、この小説を読みたかった。読みながら、私は何度も嘆息した。この作者と同じくらいの年齢で、読者になりたかった。作者と共に時代を歩むには、古希を過ぎた自分が歯がゆい。
なぜ、明智光秀は織田信長に背いたのか。この問い自体は、古くて手垢が付いている。
だが、住田祐は、まったく新しい歴史観と斬新な文体で、日本史の最大の謎に答えた。これまで一時代を築いてきた歴史小説の大家の誰とも似ていない。稀有の才能である。
この国のかたちを大きく変えた「本能寺の変」は、光秀と信長が「人間」だったからこそ起きた。
人と人とが出会えば、火花が散る。愛と憎しみのマグマが、心の奥底から噴出する。
人間関係が複雑に張り巡らせられていた戦国時代は、愛情、信頼、畏敬、不信、媚び諂い、嫉妬、恐怖、侮蔑などが鬩ぎ合う魔界であった。
最大の魔界が「織田家」だった。「天下布武」「天下静謐」を標榜した織田信長こそ、魔王であった。
羽柴秀吉は、成り上がるために、嬉々として魔界に飛び込んだ。明智光秀は、「天下惻隠」のために、「あけっつぁま」と慕われた越前を離れ、信長の宰領する魔界へと転身した。
住田の分身として、魔界に生きる人々の心を観察するのが、明智左馬助である。
光秀の従弟にして、腹心。彼もまた、平穏に暮らしていた備前福山を離れ、心の安らぐ暇のない織田家の魔界に巻き込まれた。
浅井長政が滅亡した直後に、左馬助は登場した。そこから物語が立ち上がる。
長政が滅亡し、長政、長政の父・久政、そして朝倉義景の三人のものとされる首の髑髏が薄濃にされて、織田家の元旦の祝宴で披露されるまでの四か月間に、住田祐は着目した。
この四か月に、九年後の本能寺の変の謎を解く鍵があった。
魔王信長は、孤独だった。信長の妹の市を妻にしている義弟の長政が、なにゆえに、信長に背いたのか。それが、わからない。
信長の孤独を見抜いた一人が、杉谷善住坊である。鉄砲で信長を狙撃し、捕らえられ、竹の鋸で首を挽く刑に処された善住坊は、「信長に、魏徴なし」と言い残して絶命した。
魏徴は、唐の太宗に仕えた賢臣である。光秀が愛読した『貞観政要』には、魏徴が太宗に諫言した数々の言行が記録されている。
魏徴は、太宗の心の「鑑=鏡」であった。だが信長には、己が心の真実を映し出す臣が、いなかった。
鏡と言えば、光秀と秀吉は鏡像だった。光秀は秀吉の稀有の力量を認めるからこそ、侮蔑と嫉妬、恐怖に苛まれる。信長は、意図的に光秀と秀吉を競わせ、光秀の心の化学反応を速めた。
『誰が首』は、「なぜ、光秀が信長に背いたか」という謎解きミステリーであると同時に、哲学的な心理分析であり、政治批評の文明論でもある。
この小説には、「蛇」という符牒で呼ばれる「首」に溢れている。
冒頭で、六条河原に晒されていた浅井長政たち三人の首が、何者かに盗まれる。犯人は、最後に明かされる。
長政たちの首のほか、信長を狙撃した杉谷善住坊の首、さらには信長に盾突いた山本実尚の首が、この四か月の間に登場する。
中でも、山本実尚の首を「毬杖」遊びの対象として、光秀と秀吉に勝負させた信長の魔王ぶりは凄まじい。
毬杖の勝負で敗北した光秀は、秀吉に並ばれ、抜き去られてゆく。
