2026年1月14日、都内にて第174回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・住田祐氏の候補作『白鷺立つ』(文藝春秋)について話を聞いた。(全5作の2作目)
極限での師弟の相剋を描くデビュー作
住田祐氏 江戸後期の比叡山延暦寺を舞台に、過酷な修行に挑む二人の僧侶の姿を描く本作で、松本清張賞を受賞した住田さん。デビュー作が直木賞候補に挙がることとなった。
「まさか直木賞の候補作に選ばれるとは思ってもいませんでした。あまり期待はせず、これからも“行不退”の一念で作品を書いていこうと思います」
千日回峰行とは、回峰(山道を歩き聖地礼拝する)や勤行、断食などの修行を何年にもわたり繰り返す、比叡山に千年以上伝わる過酷な修行だ。
「延べ約千日間、峻険な山道をひたすら歩き、不動明王の感得を目指すとされています。私はもともと寺社巡りが趣味なのですが、この修行を知ったときは衝撃でした。自分の堕落した日常とは対極にあるようで……。こんなストイックな修行に人々を赴かせるものとは一体何なのだろう? というところから物語を書き始めました。
いくつもの過程の中でも特に厳しいのが“堂入り”です。七百日歩き終えたところでお堂に籠り足掛け九日間、断食・断水・不眠・不臥を貫いて十万遍真言を唱え続ける。命すら危うい修行に、現代でも挑戦している方がいるというのが、信じられない思いです」
本作は、恃照(じしょう)という僧侶が堂入りを成し遂げられずに倒れ、死線をさまようところから始まる。千日回峰行はすべての行を完遂する満行か、さもなくば死を選ぶしかないという、失敗の許されぬ修行でもある。だが、延暦寺の高僧たちには恃照を死なせるわけにはいかない、ある理由があった。
「先々帝の隠し子という出自ゆえに自害はできず、さりとて満行した先達と同じ崇敬を得ることも叶わず、半行満阿闍梨なる苦しまぎれの尊称を与えられる。彼が、この出来事をどう内面化していくのか。書き始めた当初はそこをテーマとしたのですが、途中から、戒閻(かいえん)というもう一人の僧にも比重を置くようになりました」
新たに入山してきた戒閻もまた、先帝の落胤という秘匿された身だった。母の身分が低く命を狙われもした戒閻は、苛烈な気性で、師となった恃照とことごとく衝突する。そして師が成せなかった千日回峰行に、傲岸とも見える姿勢の戒閻が臨むに至って、物語の緊張はピークに――。
「“腹立つ弟子”を書くのが楽しくて。不遜な弟子と、それに困り、憎しみを持て余す師。師弟の歪みが大きくなればなるほど、物語の最後により大きなカタルシスを得られるだろう、と」
極限に挑んだ二人だけが辿り着く、最後の境地が胸に熱く残る。
住田 祐(すみだ・さち)
1983年兵庫県生まれ。会社員。
2025年、『白鷺立つ』で第32回松本清張賞を受賞してデビュー。
(初出:「オール讀物」2026年1・2月号)
