2026年1月14日、都内にて第174回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・大門剛明氏の候補作『神都の証人』(講談社)について話を聞いた。(全5作の3作目)
戦中から令和まで。冤罪との長き戦い
伊勢神宮を擁し“神都”と称される土地で昭和十八年に起きた一家惨殺事件。犯人として逮捕された喜介には幼い一人娘・波子がいた―。デビュー作『雪冤』からずっと冤罪に目を向けてきた大門さんは、集大成ともいえる本作で山田風太郎賞を受賞した。
「映画好きの編集者さんに『真昼の暗黒』という作品を勧められて、その原作者である弁護士・正木ひろし氏のことを知りました。戦前から活躍した彼の著書を読むうちに、古い時代の弁護士に興味が湧き、冤罪問題と重ねて書きたいと思いました。冤罪は本人と周囲の多くの人生を狂わせるものなので、十年二十年というスパンでなく、もっと長い時間を遡るボリュームが必要だったんです」
第一部、第二部前編後編、第三部からなる本作。全編で流れる時間は実に八十年、登場人物それぞれの人生も時代の移ろいと共に絡み合い変化する。
第一部、弁護士の吾妻は父の無実を訴える幼い波子と出会ったことで、冤罪事件に関わることになる。だが、戦況は悪化していき……。
「弁護士が『正業に就け』とまれていた時代です。さらに官憲の横暴により、真っ当な裁判、弁護活動すら難しかった。私自身、知らないことが多くて、当時の弁護士について調べ、生きた人間として描けるようになるのに二年以上かかりました」
喜介の無実を立証すべく調査を始めた吾妻は、逮捕の決め手となった証言者に接触を図る。そこで出会った証言者の息子・捨次郎は、冤罪との長い戦いに巻き込まれていく運命にあった。
第二部は昭和三十二年の伊勢、神社港の砂利船乗務員として働く本郷を追う。彼の人生もまた、波子との出会いにより思わぬ方向に舵を切るのだ。
「僕も伊勢で生まれ育ったのに、伊勢と名古屋や三河を結ぶ海運ルートがあったとは知りませんでした。神社港の資料館で砂利船の話を聞いて『これだ!』と一気に物語が広がりました。今はもうない職業、風景を取り込むことで、伊勢という場所の歴史や変遷も立体的に描きたかった」
平成そして令和に至る第三部。関係者も世代交代し、少女だった波子の年も九十を越える。果たして、生あるうちに父の冤罪を晴らすことはできるのか? 激動の物語に静かに寄り添う、伊勢の遷宮神事“お木曳”が、節目ごとに印象に残る。
「伊勢神宮は不変、永続の象徴ですが、一方で遷宮というのは二十年に一度すべてを新たに造り変えてしまう。変わるものと変わらないものを書きたかったんです」
大門剛明(だいもん・たけあき)
1974年三重県生まれ。龍谷大学文学部卒。2009年『ディオニス死すべし』(刊行時『雪冤』に改題)で第29回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をダブル受賞してデビュー。『反撃のスイッチ』『死刑評決』『シリウスの反証』『この歌をあなたへ』『テミスの求刑』など著書多数。25年、『神都の証人』で第16回山田風太郎賞を受賞。
(初出:「オール讀物」2026年1・2月号)
