2026年1月14日、都内にて第174回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・嶋津輝氏の候補作『カフェーの帰り道』(東京創元社)について話を聞いた。(全5作の1作目)
女給という職業がたしかに存在した時代
二年前、初の長編小説『襷がけの二人』が直木賞候補となり、受賞こそ逃したものの選考委員から高い評価を受けた嶋津輝さん。二度目の候補入りとなった今作『カフェーの帰り道』は、大正から昭和に隆盛した「カフェー」で働く女給たちを描く連作短編集だ。
「女性が職場でわちゃわちゃと集まって喋っている小説を書きたかったんです。葬儀屋さんやお弁当屋さんなどいくつかアイディアはあったのですが、最終的には『襷がけの二人』とも近い時代を舞台とした、女給たちの物語になりました」
東京・上野にある「カフェー西行」。流行から離れたのどかな店内で働くのは、個性豊かな女給たちだ。竹久夢二風の化粧で話題となり新聞にも取り上げられたタイ子、意味のない嘘ばかりついてしまう美登里、小説家志望で一度は輸入食材会社に就職するも三十代で女給に戻ったセイといった面々の、何気ないエピソードが描かれる。
「彼女たちは互いにそこまで仲がいいわけでもないのですが、かと言ってギスギスしているわけでもなく、まさに『職場』の同僚としてつき合っている。そういう距離感のつき合いが私も好きで。今作では短編ごとに時代を進めていくことで物語を展開しました。結果的に明治にカフェー文化が生まれて戦後になくなるまで、女給という職業が存在していたひとつの時代を描くことになったと思います。考えてみればごく一時代的な文化なんですよね」
他店にスカウトされて辞めていく者、店主と結婚する者、人の流れは移ろいながらカフェー西行は変わらず営業し続ける。そこに忍び寄る戦争の影――。『襷がけの二人』に引き続き、背景に戦争を描いている点も見逃せない。
「戦争に関してはあまり生々しい描写にはしたくなく、空襲など直接的なシーンは書きませんでした。二作連続で戦争の話になり、どこか時代背景を利用してしまっているような後ろめたさもあったんです。ただ互いの家族の出征を報告しあったり、戦地の息子に送る手紙を書いたり、当時の人々の生活の営みを描くなかで自然に戦争が現れてくればいいと思っていました」
派手な場面は描かれなくても、たしかにそこに人間が存在したと感じられる読後感が絶妙。それを実現したのは、細部まで気が配られた嶋津さんの描写力があったからに他ならない。
「私は、物語を書きたいというよりも人を書きたいという気持ちが強いんです。読んでくださる方それぞれにとっての好きな登場人物が一人でも見つかればいいですし、あわよくば全員を好きになってもらいたいです(笑)」
嶋津 輝(しまづ・てる)
1969年東京都生まれ。2016年、「姉といもうと」が第96回オール讀物新人賞を受賞。19年、同作を収録した作品集『スナック墓場』でデビュー(文庫化にあたり『駐車場のねこ』と改題)。23年刊行の『襷がけの二人』が第170回直木賞候補作となる。『女ともだち』『猫はわかっている』等のアンソロジーにも作品が収録される。
(初出:「オール讀物」2026年1・2月号)
