――皆殺し? そんな物騒なことを本当に言ったのか。

「そうすれば証拠が残らないで済むぞと、そう言ったんですよ。私はそんなことしたら死刑になると、必死に止めましたけどね」

 小田島は証拠隠滅のために家族7人の皆殺しまで考えていた。冷酷極まりない男だ、と私は思った。

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マブチモーター社長宅で事件が起きた当時、情報提供を求めるチラシが配布された ©時事通信社

30年の刑務所生活

 小田島が犯罪に手を染めるようになったのは中学時代だ。商店の引出しから現金を盗んで補導されたのが始まりだった。17歳の時、質屋のショーウィンドウを割って指輪を盗み、懲役1年以上3年以下の不定期刑を受ける。これが初めての実刑だ。それ以降も寸借詐欺、自動車泥棒、傷害といった犯罪を繰り返し、全国各地の刑務所を転々とする。

 あいつは人生の半分にあたる30年を、刑務所の中で過ごしていた。その罪の多くが窃盗。刑事がいうところの“泥棒さん”だった。

 まさに小田島は、泥棒の性を体現したかのような男だった。窃盗犯は自分の犯行の痕跡を残さないように細心の注意を払うため、神経質なタイプが多い。小田島も常に探るような視線をこちらに向ける、神経質な男だった。

 窃盗を繰り返す人間にとって、その犯行は趣味のような側面がある。民家に侵入したときの緊張感、現金を得たときのヒリついた感覚が忘れられず、また犯行を繰り返す。

「まあ私は、窃盗で何回も捕まりました。子どもの頃から捕まっていますよ」

 小田島が私にこう自慢げに語ったことがある。あいつは間違いなく、窃盗に快感を覚えていた。それがエスカレートしていき、強盗という大それた犯罪も可能にしたのだろう。

※約6800字の全文では、取り調べの内幕を詳しく伝えています。全文は月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(大峯泰廣「マブチモーター事件『4人連続殺人鬼』の笑み」)。

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マブチモーター事件「4人連続殺人鬼」の笑み
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