昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2018/10/14

「仏の福良」が果たした役割

 そしてそのようなパニックが、全てを一瞬で処理しなければならないプロ野球選手の守備や打撃の機会に訪れれば、対処などできる筈がない。正直、小谷野のパニック障害の具体的な症状がどのようなものであり、彼がそれをどう克服したのかを筆者は知らない。ただわかるのは、こんな時「あるべきグラブの出し方」や「送球の仕方」を、大声でがむしゃらに教えてくれる人は、時に症状を酷く悪化させるという事だ。多くの場合、パニックの中でも、人は自分が「本来すべき事」はわかっている。にも拘わらず、パニックに陥っているのは、その「本来すべき事」ができないからであり、その結果として、思い出したくもない記憶の中にあるのと同じ、悲惨な結末になる事が、容易に予想できるからである。そんな中で「本来すべき事」が押し付けられれば、人はますます混乱し、自らを責める事になる。「わかってるんだよ、そんな事は」。そしてそれができない自分がただ情けない。

 福良はパニック障害に陥った小谷野にどう接し、どうやって彼をこの負の循環から救い出したのか。筆者はこの点についても何も知らない。ただ知っているのは、小谷野が「障害を受け入れたから今の自分がある」と言っている事であり、故に福良はこの「障害を受け入れる」事に一定の役割を果たしたのだろう、という事である。

 想像を逞しくすれば、或いはそれはこういう事だったのかも知れない。パニック障害に陥っている人間の多くには「引き金」となる事物があり、この事物と接する事でパニックが引き起こされる。だとすれば、逆にその人や物事と接する事で、パニックが少しだけ収まる「逆の引き金」があっても良い。障害に苦しむ人間にとって、その姿を静かに見守り、辛抱強く待ってくれる人の存在は本当に有難いものだ。自分はまだ完全に見捨てられた訳じゃない。病気を理解し、それでも信用してくれる人の存在は、その姿だけでも、障害に苦しむ人々に少しだけ希望を与えてくれる。

引退セレモニーでの小谷野の言葉

 仮に福良が小谷野にとって、そんな心の安定をもたらしてくれる存在だったとしたら、それは福良の真骨頂だったのかも知れない。「福良さんは本当にいい人だ」。接した多くの人がそう述べる彼は、監督としては「鬼の福良」になり切れなかったのかも知れない。しかし、「仏の福良」である事により、小谷野やチームに救いと希望を与えてくれたなら、それはやはり監督の一つのあるべき姿だったと言えるのだろう。

 引退セレモニーで小谷野は「恩師である福良さんと一緒にユニフォームを脱ぐ事ができて」と言って、一呼吸置いた。自らが感謝する福良を優勝させる事が出来なかった事を悔いる台詞が続くのだな、そう思った自分の予想を、続く小谷野の言葉は裏切って見せた。「選手としてはこんな嬉しい事はないと思っています。福良さん本当に有難うございました」。たぶんその言葉は、小谷野もまた福良を本当に信用しているから生まれたのだろう。福良が小谷野を信用している様に、きっと小谷野もユニフォームを脱いだ後の福良を信用しているのだ。監督としての挫折を、福良ならきっと乗り越えて、次の何かしらに繋げてくれる。だとすれば、それは福良にとってのみならず、オリックスにとっても望ましい事に違いない。

 でも思う。

 くそぉ、小谷野、俺はそんな上司を持ったお前が羨ましいぞ。コーチとして戻ってきたら、5階席から、思う存分野次ってやるから覚悟しとけ。京セラドームで待ってるからな。

※「文春野球コラム クライマックスシリーズ2018」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイトhttp://bunshun.jp/articles/-/9242でHITボタンを押してください。

この記事の写真(1枚)

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。