阿川 面白いお母さんだなあ。そういえば、お母さまは、中島みゆきさんのモノマネがお上手なんですよね。

綾瀬 めちゃめちゃ上手いんですよ。小学生の頃カラオケに行くと、みんなにリクエストされてよく「ファイト!」を歌っていました。

阿川 聞いてみたい。デビューした頃はそんなにやる気はなかったのに演技のお仕事をするうちに、気がついたらお母さまの血が動き出したんじゃないですか。

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綾瀬 それは大きかったのかなって。やっぱり小さい頃の読み聞かせは大事って言いますもんね。

阿川 ニュースキャスターのモノマネをするあたり、内面では何かを表現したい気持ちがあったのかも。

綾瀬 小学校を卒業するときだったのかな、私のランドセルの寄せ書きに「絶対芸能人になってね!」とあったんですよ。

阿川 え! 友達は見抜いていたのか。まぁ、そのときから可愛かったに違いないからね。

綾瀬 いやいや。当時、なんでそう書かれたんだろうと不思議に思った記憶がありますね。

綾瀬はるかさんと阿川佐和子さん ©文藝春秋

女優の仕事を「長くやるものとは思っていなかった」

阿川 それでたまたま芸能界入りしたものの、最初は女優を一生の仕事にしようとは思っていなかったんでしょ。

綾瀬 長くやるものとは思っていなかったです。ちょっと頑張ってまた戻ってくるね〜みたいな。

阿川 でも今日まで戻らず。次々にオファーがきて戻れなかったという方が正確かもしれませんが。

綾瀬 自分に対して負けず嫌いな部分があるから、もっと頑張らなきゃとか、もっと監督の指示に応えなきゃとか、そういう思いは今もずっと持ち続けていますね。

『八重の桜』の後に感じた「通過点でしかないんだ」

阿川 別のインタビューでおっしゃっていたけれど、30歳くらいでやめようと思っていたのはホント?

綾瀬 28歳のとき大河ドラマ『八重の桜』で主演をさせていただいて、やり尽くしたからもういいかなと、燃え尽きた感じになったんです。でも撮影が終わって2、3週間後には映画の撮影が入っていたんですよ。「あれ? 待って、終わりじゃないの」って(笑)。あのとき「通過点でしかないんだ」と気がつきました。

阿川 流されるままに。

綾瀬 そう、流されていますよね。目の前のことをただひたすらに頑張ってきたというか。

阿川 お芝居が評価されトップを走り続けてこられて、デビュー26年目を迎えられました。心境の変化があったり、今後のことについて考えたりすることはありますか。

綾瀬 う〜ん、いつも先のことがぼやっとしていますね。あと、40代になって死が近いって感じるようになりました。

阿川 おばあさまがお亡くなりになったのもあるのかもね。死ぬまでにこれだけはやっておきたいことはあります?