STARTO ENTERTAINMENTは10月1日、傷害容疑で逮捕された「timelesz」の猪俣周杜(25)との専属契約を9月30日付で解除したと発表した。猪俣が脱退したことで、グループは7名で活動を継続する。「週刊文春」は契約解除前に実父と祖母に取材していた。2人の証言とともに猪俣の足跡を振り返った記事の一部を無料公開する。(初出:「週刊文春 電子版」2026年9月30日配信)

猪俣 ©時事通信社

天然ボケの愛されキャラ

 01年、猪俣は茨城県つくば市で生まれた。幼少期に両親が離婚し、2人兄弟の長男として主に母親と暮らしていたが、時折離婚した実父の元へ顔を出していた。その父親が語る。

「周杜は小さい頃は大人しくてね。優しい子で、誰かと喧嘩をしたなんて話は聞いたことがない。小学校低学年からサッカーをやっていたんだけど、運動神経がいいからスポーツはなんでも得意な子でした」

サッカー少年だった小学校時代

 実際、小学校の卒業文集には〈将来の夢〉としてこう書かれていた。

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〈将来はバルセロナというスペインのチームで選手としてプレーしたいと思っています〉〈夢の達成にはたくさんの努力が必要です。あきらめずにがんばります〉

小学校の文集で好きな言葉・事を聞かれて

 中学卒業後は県立高校に入学。地元では“イケメン”として有名になっていく。同級生が回想する。

「学校や学年を越えて茨城県南では一目置かれていました。私は彼とは別の高校でしたが、猪俣くんと同じ中学だったことで、女友達から猪俣くんについて、色んなことを聞かれました」

 こうしたモテ経験が人生観を変えたのか、いつしか“夢”はサッカー選手からアイドルに変わっていった。

中学の頃から女性に人気だった

 再び父親が回想する。

「その頃からちょくちょく読者モデルみたいなことをやっていたから、いずれは人前に出る仕事をしたいのかなって思っていた」

 そして高校卒業後、2年間は一般企業で働いていたものの、22年に「8iper(ハイパー)」というグループで“地下アイドル”としてデビューしたのだ。

 当時の猪俣を知る業界関係者が明かす。

「彼がハイパーに入ったのは、SNSでスカウトされたことがきっかけ。加入と同時に上京し、センターに立つことが多い“赤”のメンバーカラーを任された。天然ボケの愛されキャラで、素行にも問題はなかったんですが……」