そう言われる店も増えた。いくつかの店には毎日のように顔を出し、世間話に花が咲いた。しかし、それと口座開設は別問題だった。雑談はできても、なかなか契約には至らなかった。
そんな中、同期たちは結果を出し始めていた。一人また一人と契約を取っていき、部内を回覧される営業日報には成果が並んだ。私は毎朝その数字を見るたび胃が痛くなった。自分だけが取り残されていると思うと、焦りで胸の奥がひりひりした。休憩室で、同期たちと新規口座の話になるたび、私は居心地が悪かった。
「おまえ、夏休み取ってへんな」
やがて夏が来た。同期たちは次々と夏季休暇を申請し始めた。
「実家に帰るんだ」「沖縄行ってくる」「彼女と旅行に」
楽しそうな会話が聞こえるものの、私は申請できなかった。口座開設ゼロの新人が休暇を取る気にはなれなかったのだ。
毎朝出社すると、大須へ向かい、汗だくになって商店街の店を訪ね歩く。そんな日々が続き、気づけば8月も終わりに近づいていた。夏季休暇を取っていないのは私だけになった。
ある日の夕方、藤堂課長に呼ばれた。
「おまえ、夏休み取ってへんな。もう8月終わるやろ」
藤堂課長は呆れた顔で言った。
「来週休め。これは命令や」
反論の余地はなく、私はやむなく夏休みを取ることになった。
待ち望んでいたはずの帰省だったが、気分は重かった。名古屋から実家のある大阪までの2時間足らずが異常に長い。営業成績のことばかり考えてしまう。実家へ帰れば両親は喜ぶだろう。きっと仕事の話も聞いてくる。だが、成果ゼロの現状をどう説明すればいいのか。
昼すぎに実家に着くと母親が満面の笑みで迎えてくれた。
「顔、真っ黒やなあ」
その顔を見た瞬間、私は何も言えなくなった。会社で成果を上げられない事実を母親に伝える気にはなれなかった。そのうち父親が帰ってきたら話そう。そう思いながら畳に横になる。気がつくと私は眠っていた。
