「何かが飛んだんです。何かが。そのときは、よくわからなかったのですが……」

 バイクで現場を目撃した男の言葉が、あの日の惨状を物語る。2019年4月19日、池袋の路上で87歳の飯塚幸三氏が運転するプリウスは制御不能のまま暴走し、12人の死傷者を出した。守田哲氏の新刊『池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日』(文藝春秋)は、ドライブレコーダーの映像をもとにその「10秒間」を克明に再現している。

自転車ごと数メートル撥ね上げられた78歳

 暴走から7秒目、飯塚の車は時速84キロから96キロ近くに達していた。「第一現場」と呼ばれる横断歩道では、78歳の第一被害者が自転車で漕ぎ出したところだった。

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 異変に気づいた時にはすでに手遅れだった。「バン!」という鈍い衝撃音が響き、彼は数メートル上まで撥ね上げられ、地面にうつ伏せの状態で叩きつけられた。

任意の事情聴取を受けた後、警視庁目白署を出る飯塚幸三氏(写真:時事通信社)

 事故後に撮影された写真には、顔面のあちこちの皮膚が腫れ上がり、一部が剥がれて赤くなった姿が写っていた。歯は4本折れ、手足も骨折、脊髄も損傷。診断書は「約3か月の加療を要する」と結論づけた。本人は「命に別状はない」という診断だったにもかかわらず、死を覚悟したという。

 痛みのためまともに話すこともできず、携帯電話を救急隊員に手渡して家族への連絡を頼むのが精一杯だった。「私は自転車が好きなもんで、乗っていたやつもいい値段がしたんですよ」――そう語る第一被害者の言葉の向こうに、何気ない日常がいかに一瞬で砕け散ったかが透けて見える。

 飯塚はこの瞬間、「右車線ではなく左車線を走っている」と誤認し、自転車を避けられたとさえ思い込んでいた。現実とは真逆の認識のまま、車は「第二現場」へと突き進んでいく。

(つづく)

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