足元には薄っすら積もった雪が目立ち始める。歩き始めて4時間半。ここまでは、林業従事者が木々に結んだピンクテープを目印に進んで来れた。
しかし、この先は20年前に服部さんが結んだオレンジテープしかなく、それが結ばれた木も今や倒木や朽木になっている。
今回私はその目印を結び直すつもりでもいた。普段着ている狩猟用ベストのポッケからオレンジテープを取り出し、千切っては結び、千切っては結びを繰り返しながら山を上下する。
「俺は男だぁー!」と若い鹿が鳴く
進行方向に、季節外れの発情鳴きをする雄鹿がいた。通常、鹿の発情期はもう終わっている。10月中旬くらいからひと月弱あるが、優秀な雄は10月20日くらいには複数頭の雌を従えてハーレムを形成している。
雄鹿の鳴きを度々耳にしながら谷を下りると、谷底で「俺は男だぁー!」と叫ぶように鳴く小さな三段角の若鹿がいた。
こっちに気付かず鳴き喚く若造を見て、あぁそうだった。自分が10代後半の頃、同年代の女の子はみんな20代中盤とか30代の男に惹かれてて「何でだぁ!」って憤ってたっけ。と青臭い青春期を思い出したりしていた。
13時50分頃、最後の難所の崖を登り切る。M沢まであと少し。首からぶら下げていた鉄砲を両腕に持ち直し「狩猟に気持ちを向けよう」とフッと短く息を吐いた瞬間、30mほど先で何かが動いた。
なだらかな傾斜が広がる目の前の笹原に、パッと見6頭くらいの鹿がいた。と同時に「ピィッ」と鹿の警戒音。
鹿に向かい引き金を引き、「当たった」
一番近い獲物に向かって鉄砲を構える。スコープに乗った鹿は動いていないが、群れの中には逃げ始めている者もいる。より良い射撃姿勢を取っている猶予は無い。
引き金を引く。轟音の次の瞬間、鹿が一瞬跳ねた。そのリアクションを見て「当たった」と確信した。左を向いていた鹿は反転し、猛スピードで右手に逃げ始めた。他の個体も続く。
一旦ザックを下ろし、鹿の立っていたところに行くと、きな粉色に枯れた笹の葉の上に紅葉色の血痕が残っていた。やはり弾は入っている。しかし、それから10分ほど周囲を歩いても、次の血痕が見つからない。