父と祖母の死、学校からの事実上の追放、暴走族との日々――。中学を卒業したばかりの15歳の少年が、極道の世界へと踏み込んだ経緯には、波乱に満ちた家庭環境と、ある「些細な理由」があった。現在はNPO代表として「生き直し」の道を歩む佐藤智明氏の新刊『先生は、元極道 元極道講師が子どもたちのために歩む 人生「生き直し」物語』(彩図社)のダイジェストをお届けする。
「毎日遊んでいて仕事になるなんていいな」
佐藤氏がもともと目指していたのは、板前だった。しかし、左利きであることが壁になった。刺身を引く際に支障が出るため、右利きに直さなければならない。「大きなハンデになる」と判断した少年は、そこで進路を極道へと切り替える。
突飛に思えるこの転換にも、彼なりの文脈がある。父の周囲には幼いころから極道が大勢おり、暴走族の先輩にも極道になった者が多かった。極道は「怖い存在ではなく、当たり前のもの」だったのだ。さらに、先輩がポケットベルを腰につけながら毎日遊び回っている姿を見て、「毎日遊んでいて仕事になるなんていいな」と感じてしまったことも大きかったという。
父の唯一の遺言は「極道になるなら、富二のところに身を寄せろ」というものだった。16歳になった佐藤氏は、父の知り合いだった親分に電話をかける。常識も礼儀も知らないまま「富二さんいますか?」と聞いて怒鳴られ、しかし謝ると声は急に優しくなった。
「いま、どこにいるんだ? 迎えにいくからそこで待っていなさい」ーーこうして組事務所に連れていかれた佐藤氏を待っていたのは、幼いころに「頬に傷のあるおじちゃん」と呼んでいた人物だった。
親分から渡された10万円で服を買い、翌日から「部屋住み」が始まる。電話番、掃除、炊事、洗濯。自由時間はほぼなく、遊び呆けるつもりでいた少年の目論見は初日から崩れ去った。
「実際に体験する部屋住みは、想像しているよりもずっと大変なものだった」
(つづく)
