夫は「ジュフレイの自作自演だ」と主張

 だがロバートは、暴力的だったのはジュフレイで、顔の痣は彼女の自作自演だと主張し、ジュフレイの入院している間に、彼女が子供たちに接近することを禁ずる裁判所の命令を取得した。これによりジュフレイは6カ月間、子供に会えないことになった。

 さらにジュフレイの逆境は続いた。

 貸別荘での事件から約2カ月後の2025年3月、ジュフレイは乗っていた車が猛スピードで走っていたスクールバスに衝突され、瀕死の重傷を負ったとして、前回とは異なる痣だらけの顔の写真をインスタグラムにポストした。写真には以下のメッセージが書き添えられていた。

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「2025─3─30

 今年は最悪の新年の幕開けでした。詳しいことは省きますが、カーブで減速していたらスクールバスの運転手が時速110キロで突っ込んできたんです。車が何でできているとしても、まるでブリキ缶みたいでした。

 腎不全になり、余命4日と宣告され、泌尿器科専門病院に転院することになりました。もう死ぬ覚悟はできていますが、子供たちに会えるまでは死にたくありません。片手にshit、もう片手に願い。結局はshitのまま、という感じです。

 世界中の素晴らしい人々、そして私の人生の大切な一部となってくれて、本当にありがとう。

 皆さんに神のご加護がありますように。xxヴァージニア」

 しかし、こうした彼女の様子について、スカイは、姉の症状が交通事故によるものなのか、夫から受けたとされる暴行の合併症なのか、あるいはその両方なのか不明としている。

「当日、警察の記録に負傷者の報告はなかった」事故をめぐる不審な点の数々

 実際、事故には不審な点も多い。オーストラリアのNews.com.auの2025年4月3日付の記事によれば、警察は、ジュフレイが事故に見舞われたとする日にスクールバスと乗用車の事故はあったが、車の破損だけで負傷者の報告はなかったとしており、スクールバスの運転手は取材に対して、乗用車の運転手は年配の女性であったと語っている。

 いずれにせよ、このインスタグラムへのポストから約1カ月後の2025年4月25日、ジュフレイは自宅で命を絶った。オーストラリアを訪れていたスカイは、メディアに対し、前日は2人で楽しく過ごしたが、翌朝、ジュフレイが寝室から出て来ず、部屋に入るとすでに意識不明だったと涙ながらに語っている。

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