「梶井がウビガンの香水を持っている。それがどんなに、人の眼にはあり得べくもないことのように思われたとしても、私には、いかにも梶井が持っているらしいもの、と思われた。梶井は肺結核の第三期である。而も見るからに無骨な風貌をした、浮世の凡ゆる風流を、拒否したように見えたのに、真の気持ちはその逆である。(中略)この梶井の切っ端詰まった悲愴な思いが、私には眼に見るように分かるのであった」(『生きて行く私』)
美しいものを人一倍愛し、それを自分のものにできない焦燥感に身もだえする。まさに梶井基次郎の代表作『檸檬』の世界。それを千代がひと目で見抜いたとしたら、文学青年としてはひとたまりもない。
「寝た」「寝ない」ではなく
結局、基次郎は回復することなく大阪に引き上げた。千代は尾崎と別れ、東郷青児とのスキャンダラスな恋愛生活に突入していく。その噂を遠く聞きながら、基次郎は31歳でひっそりと息を引き取るのだ。
千代への思いは作品にも書簡にも一切残されていない。しかし友人たちは「梶井の生涯に於けるそれが唯一度の厳粛な恋愛」(中谷孝雄『梶井基次郎』)と信じて疑わない。
一方の千代はどうだったのだろう。
湯ヶ島での思い出は何度も書いている。多くの男性との恋愛関係を「寝た」「寝ない」とざっくばらんに語った千代だが、基次郎との関係は微妙に言葉を選んでいる。
※この続きでは、宇野千代と梶井基次郎の関係をさらに掘り下げています。全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(石野伸子「宇野千代に身もだえする梶井基次郎」)。
※特集「100年の恋の物語」も併せてご覧ください


