経済学者・成田悠輔氏がゲストと「聞かれちゃいけない話」をする対談連載。第15回目のゲストは、哲学者・ボン大学教授のマルクス・ガブリエルさんです。ボン大学哲学科正教授に史上最年少の29歳で就任したガブリエルさんが、現代における哲学の意義を語りました。(翻訳 大野和基/構成 伊藤秀倫)
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入れ子構造の危機の時代
成田 こんな時代に哲学なんて無力で無意味ではないか? その疑問について最初に伺いたいです。戦争、エネルギー危機、感染症、気候変動――いま世界を襲っている問題は、国家や人類の生死に関わる目の前の物理的で暴力的な危機です。生き死にかかわる危機の対応に追われる人類に、哲学は何の意味や利益を与えてくれるのでしょうか。
ガブリエル 人類は昔から困難な問題を抱えて生きてきました。『方丈記』を読めば、平安時代ですら人生がどれほど苛酷だったかがわかります。
ただ過去の歴史における危機は今よりもっと直線的でした。例えば20世紀の国家間戦争には、比較的はっきりした対立構造がありました。
それに対して、今の時代の危機が新しいのは、「すべてが数学的に複雑な形でつながっている」という点にあります。一つの危機が別の危機を引き起こし、互いに悪循環を形成していく。ホルムズ海峡、ウクライナ戦争、気候危機、あるいはウイルス――人々が無視しようとしても依然として存在しています。ドナルド・トランプのような政治家を否定したところでこれらの危機が消えるわけではありません。
例えば、もしEUが経済政策としてグリーン・ニューディールを進めていなかったら――私は今でも正しい政策だったと思っていますが――プーチンはあのタイミングでウクライナ侵攻を決断しなかったかもしれない。「侵攻しなかった」と言っているわけではありません。ただ石油と天然ガスで稼ぐロシアにとって、あの政策は面白くなかったでしょうし、こうした状況は極めて精密に相互連関しているということです。
気候問題から話を始めても、東西対立から始めても、中国から始めても、結局は他の問題に行き着く。
そういう意味で、私は今の時代を「入れ子構造の危機(nested crises)」の時代と呼んでいます。
成田 これが原因でこの危機が起きた、といった一本の直線では完結しない時代ということですね。
