経済学者・成田悠輔氏がゲストと「聞かれちゃいけない話」をする対談連載。第15回目のゲストは、『なぜ世界は存在しないのか』が日本でもベストセラーとなり、史上最年少でドイツ・ボン大学教授になった哲学者のマルクス・ガブリエルさんです。(翻訳 大野和基/構成・伊藤秀倫)
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「倫理的資本主義」とは
成田 こんな時代に哲学なんて無力で呑気すぎるのではないか? その疑問について最初に伺いたいです。戦争、エネルギー危機、気候変動――いま世界を襲っている問題は、国家や人類の生死に関わる目の前の暴力的危機です。緊急危機対応に追われる人類に、哲学は何の意味や利益を与えてくれるでしょうか。
ガブリエル 私は今の時代を「入れ子構造の危機(nested crises)」の時代と呼んでいます。戦争もエネルギー危機も気候変動も個々の危機が互いに影響し合い、増幅し合って悪循環を形成しているからです。20世紀までの危機はもっと直線的で、同じ戦争にしても比較的はっきりした対立構造がありました。
成田 これが原因でこの危機が起きた、といった一本の直線では完結しない時代ということですね。
ガブリエル そうです。ところが多くの政治家は、未だに危機を直線的に捉える誤りを犯しています。実際、アメリカがイラン攻撃を決めたとき、政策担当者たちは、それがかくも世界経済に影響を及ぼすとは予測できなかったわけです。
重要なことは、予測不能に思える事態の背後にも、知的な構造が存在しているということです。
成田 知的な構造とは?
ガブリエル 例えば数学です。気象学にも、経済学にも、物理学にも、その背後には数学がある。そして、本当の意味で数学を理解する唯一の方法が、哲学なのです。哲学とは極めて複雑な数学を、社会が理解できる言葉へと翻訳する「概念的かつ民主的な翻訳作業」です。
成田 入れ子構造の危機を理解する上で、哲学が役立ったと言える具体例を挙げてもらえますか。
ガブリエル たとえば「分極化」という現象を理解するのに哲学が役立ちます。多くの人は、移民問題やLGBTQ差別、MAGA(トランプ支持運動)といったテーマが社会の分断を生んでいると考えています。しかし、そうではありません。分断を生んでいるのはテーマではなく、SNSに象徴されるような情報の広がる仕組みそのものなんです。
成田 分極化装置の構造や力学が大切で、そこに投げ込まれるテーマは何でもいいということですね。
ガブリエル その通りです。だから分極化を理解するには、情報がどのように広がり、増幅されるのかを見なければならない。つまり哲学的に見ると「分極化」とは「情報空間の中で作動する数学的構造」です。


