「お前はトークが下手すぎる。もっと磨け」

 これは、全員女装のロックバンド「美女♂menZ」のベース担当だった伊織殿(いおりどの・40)が今も覚えている、ボーカル・桜塚やっくんの言葉だ。

『エンタの神様』の「スケバン恐子」で一世を風靡したやっくんが、交通事故により37歳の若さで急逝して今年で13年。当時バンドメンバーとして共に活躍し、事故車にも同乗していた伊織殿が、やっくんの温かい素顔と、運命が暗転した“あの日”の壮絶な記憶を振り返った。

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伊織殿さん ©佐藤亘/文藝春秋

「ボーカルはアタイだよ!」早速ツッコまれた出会いの記憶

 関西から上京し、歌手を目指して路上で歌っていた若き日の伊織殿。2010年にTBSの番組でバンド募集を目にし、応募したのがやっくんとの出会いだった。

「やっくんのプロデュースで自分が歌えると思っていたんです。オーディションで『ボーカル志望です!』と答えたら、やっくんに『ちょっと! ボーカルはアタイだよ!』ってすかさず突っ込まれました(笑)」

 合格通知を受け取ったものの、次の審査はまさかの「女装メイク」。伊織殿は女装バンドであることも知らなかったのだ。もともと「男がメイクなんて」という古風な家で育った彼は「受けるか!」と一度は憤慨したものの、チャンスと捉え直してコンシーラーを買いに走った。

バンドを結成した2010年の桜塚やっくんと伊織殿さん(写真=本人提供)

 普段のやっくんは面倒見のいい“アネゴ肌”。メイク道具を気前よく貸してくれる一方、酒が入ると熱い説教が始まるのが常だった。ある日、いつものお説教に激怒したメンバーとやっくんが大喧嘩になった際、伊織殿が必死に抱きついて仲裁。「お前が止めてくれなかったら解散していた。ありがとうな」と感謝され、初めてバンドの役に立てたと実感したという。

「ハンドルが利かへん!」強い雨の高速道路で起きた悲劇

 だが、固い絆で結ばれた日々は突然引き裂かれる。2013年10月、中国自動車道を走行中だった。直前のパーキングエリアで、伊織殿が「運転を代わります」と申し出たが、やっくんは「伊織は動画編集の作業をしておきな。俺が運転するから」と運転を続けてくれた。

「今でも……あの時、僕が運転していたら未来は違っていたのかな、と考えることがあります」

©佐藤亘/文藝春秋

 強い雨と霧のなか、突然やっくんが「ハンドルが利かへん」と叫び、車はスリップして中央分離帯に激突。後続車に危険を知らせようと外に出て、服を脱いで振っていた伊織殿のもとへ、パニック状態のやっくんが駆け寄り「どうしたらいいかわかんねえよ」と話しかけた。当時、携帯電話を持っていなかった伊織殿は「警察と救急車に連絡を!」と叫び、やっくんは車へ戻る――。直後、背後で凄まじい衝突音が響いた。

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 事故現場のさらに詳しい一部始終や「お前が死ねばよかったのに」という世間からの冷酷な声について、やっくん亡き後の過酷な闘病生活や女装配信者として再起するまでの軌跡は、インタビュー本編にて詳しく掲載しています。

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