「お前はトークが下手すぎる。もっと磨け」
これは、同じバンドのメンバーだった伊織殿(いおりどの)が今も覚えている、桜塚やっくんからの言葉だ。2013年、桜塚やっくんはバンドのイベントに向かう途中に起きた交通事故で亡くなった。その時、伊織殿も同じ車に乗っていた。
世間に衝撃を与えた大きな事故だったこともあり、ネット上では「やっくんは伊織殿をかばってなくなった」という根も葉もない噂が広まり、「あいつのせいだ」「お前が死ねばよかったのに」という心ない言葉も届いた。
しかし、その後も伊織殿は音楽活動を続ける。やっくんが口にしていた「武道館ライブ」の夢を実現するべく、ステージに立ち続けた。そんな彼を待っていたのは、さらなる波乱だった……。
甲状腺がん、そして尿膜管遺残という2つの大きな病気を経験した伊織殿に、当時の状況と闘病について詳しく聞いた。(全4回の3回目/最初から読む)
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首にこぶのようなものが…甲状腺がんと判明
――音楽活動を一人で続ける中で経験したご病気のことを、聞かせてください。
伊織殿さん(以下、伊織殿) 2019年の1月頃に風邪をひいて、熱は下がったのに、喉のあたりに何かがつかえている感じが残ったんです。鏡を見ると、首にこぶのようなものができていました。
病院では最初、「あまり良くないかもしれない」と言われて、検査後に一度は「大丈夫そうですね」と言われました。でも後日、もう一度検査を受けてほしいと電話が来て、大学病院への紹介状を渡されたんです。
――その後、結果がはっきりするまでの時間は、どのくらいかかりましたか。
伊織殿 それが甲状腺がんだとわかるまで、検査が何カ月も続きました。首のこぶががんだと判明した後も、ほかに広がっていないかを調べる必要があった。「どこまで広がっているんやろう」「自分は死ぬんかな」と思って、声を上げて泣きましたね。
その頃は舞台の稽古中でもあって、みんなが楽しそうに稽古をしている横で、僕だけ「死ぬかもしれない」と考えていました。
当時、SNSではがんについて発表していましたが、稽古場では誰もその話をしてこなかったんです。知らないのか、知っていても触れないようにしてくれているのか、わからなくて。
――稽古を共にしていた方たちとは、その後、ご病気についてお話ししましたか。
伊織殿 舞台の千秋楽が終わって、入院まであと1週間ほどという打ち上げの席で、みんなが僕に内緒で千羽鶴を折ってくれていたんです。「復活して、また一緒に舞台をやろう」と言ってくれた時、思わず涙がこぼれました。人の気持ちや笑顔に、こんなに救われるんだと思いましたね。

