「お前はトークが下手すぎる。もっと磨け」

 これは、同じバンドのメンバーだった伊織殿(いおりどの)が今も覚えている、桜塚やっくんからの言葉だ。2013年、桜塚やっくんはバンドのイベントに向かう途中に起きた交通事故で亡くなった。その時、伊織殿も同じ車に乗っていた。

 テレビ番組『エンタの神様』(日本テレビ系)で、セーラー服姿の「スケバン恐子」として大ブレイクしたやっくんはその後、TBSの音楽番組『MusicBirth+』でメンバーを募集し、全員が女装するバンド「美女♂menZ」を結成。

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 そのオーディションに合格し、ベース担当として加わったのが伊織殿だ。歌手を目指して上京したばかりの彼にとって、全てが初めてのこと。やっくんにお説教をされるたび、「急に言われても、できるわけないやん」と心の中で反発していたという。

 あれから13年。やっくんの言葉は伊織殿の中でどう変わったのか。二人の出会いから、事故の日、その後の活動までを聞いた。(全4回の2回目/最初から読む)

バンドメンバーだった伊織殿(いおりどの)さんと桜塚やっくん(©佐藤亘/文藝春秋、時事通信社)

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「僕が運転していたら、と今でも考える」事故の日の記憶

――事故が起きた日、やっくんとどのように過ごしていたのか、お話しできる範囲で聞かせていただけますか。

伊織殿さん(以下、伊織殿) あの日は、雨が強くて霧もかかっていて、高速道路は見通しがよくなかったんです。順番に運転していたんですが、事故の少し前に立ち寄ったパーキングエリアで、僕が「次は運転します」と、やっくんに言ったんですよ。

 でも、やっくんは「いいよ、いいよ。伊織は助手席でパソコンの作業をしておきな。俺が運転するから」と言ってくれました。今でも……あの時、僕が運転していたら未来は違っていたのかな、と考えることがあります。

――事故が起きるまでのことを、覚えていますか。

伊織殿 やっくんが「ハンドルが利かへん」と言って、車がスリップして中央分離帯に激突したんです。助手席で正面を見ていた僕には、すべてがスローモーションに見えました。まるで走馬灯のようで、「これは死ぬ」と思ったのを覚えています。

 最初の衝突は単独事故でした。その後、マネージャーが車の外に出て、電話で今いる場所を伝えようとしたところで、後ろからトラックがぶつかってきたんです。僕も最初の衝撃でけがをして気を失っていましたが、後部座席からメンバーの叫び声が聞こえて、振り返りました。

2010年、一緒にバンド結成した頃の桜塚やっくんと伊織殿さん(写真=本人提供)

――伊織殿さんは、そのとき車の中にいたのですね。

伊織殿 はい。助手席側のドアは事故の衝撃で潰れて開かなかったので、後部座席を通って外へ出ました。後続車に事故を知らせないといけないと思って、着ていた服を脱いで振りまわしながら、車の後方へ下がっていったんです。

 そこへやっくんが来て、「伊織、どうしたらいいんだよ。俺、どうしたらいいかわかんねえよ」と、パニックになっていました。僕は携帯を持っていなかったので、「警察と救急車に連絡してください!」と言いました。やっくんが「わかった」と戻っていって、そのあと大きな衝突音が聞こえたんです。