世間で繰り返し叫ばれる「現代人の学力・読解力の低下」論。しかし歴史を紐解くと、GHQの指導で「新教育」が始まった戦後すぐの昭和20年代から、すでに根拠の怪しい「学力低下説」が蔓延していた。ジャーナリストの飯田一史氏の新刊『「若者の読解力低下」というウソ』(集英社インターナショナル)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)

写真はイメージ ©アフロ

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「学力低下」論はむかしからいい加減だった

 学力低下論はずっと「ほんとうにそうなのか?」と疑問符がつくようなものだった。

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 この章では、その歴史をたどっていく。また、合わせて、PISA以前には「読解」が関わる国語教育ではどのような議論やトレンドがあり、いまに至るのかも、見ていこう。前章では「国語教育」を一枚岩のようにひとまとめにしたが、実際には多様な議論がその内部にもあった。

 私たちは、自分が受けた教育はおぼえているが、そのまえの時代やあとの時代とどうちがうのかは知らないことが多い。しかし変化の流れを見ることで、自分が受けた教育といまの教育潮流とのちがいやその背景を理解できる。

 歴史と照らし合わせながら、ぜひ読者のみなさん自身の「学力」「読解力」観がいつ・どのように形成されたのかを考えてみてもらいたい。

 順を追っていこう。

 1947年(昭和22年)、教育基本法と学校教育法が制定され、戦前とは異なる教育体制が誕生する。

 この改革では、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)内のCIE(民間情報教育局)による指導のもと、「新教育」が導入された。新教育は、子どもの生活経験、興味・関心を出発点として、自発的な問題解決能力を育成する教育方法である。

 当時の文部省の学習指導要領(1947年試案)では、国語科の目標は「言語能力の伸長」とされ、「聞く」「話す」「読む」「つづる」の経験を総合的に与える方針が示された。

 これは戦前の軍国主義的で画一的な教育への反省から、教科ごとの体系的な知識伝達(系統学習)よりも、子どもの生活経験や興味・関心を糸口に、教科の枠を超えて生活上の課題を解決する「単元学習(コア・カリキュラム)」を志向するものだった。